神門神社・西の正倉院(2014-6-8)
2014年 06月 09日
旧南郷村は1980年代から1990年代にかけて、村おこしとなる「百済の里」づくりを行い、私もソフト・ハードを含め10年ほど通い、多くの取組みに参加することができました。西の正倉院・百済の館建設にも関わり、東大寺の正倉院や、韓国のプヨの国立博物館内に移築保存されている「客舎」と呼ばれている建物の視察・調査を行う機会をいただきました。
西の正倉院建設には多くの方が関わりました。奈良国立文化財研究所や、京都の建築研究協会の専門の方達です。百済の里づくりも一段落したころに、建造物専門の方達から神門神社について言及があり、正式調査の結果、本殿は寛文元年(1661年)に建立されたことがわかり、平成9年には県指定の有形文化財となり、平成12年には国指定の重要文化財の指定を受けることになりました。
今回、菅澤氏をお連れした目的の一つは、本殿の柱間隔・屋根の葺き方に特徴があり、文化財建造物専門家としての見解を聞くためでもあります。実際建物を見ていただき、建物の構成・ディテール、そして建物内に保存してあったお祭りの時に使われた物等から、建物の形式はもっと時代をさかのぼるのではないかとのお話でした。見学される方は、特に屋根の葺き方を注意してみてください。
神社見学の後は、西の正倉院に案内しました。丁度「百済の里づくり」時の村長である田原正人さんが観光ボランティアをしており、以前と変わらないニコニコとした笑顔でむかえていただきました。私が村おこしに関われたのは、田原村長さんのおかげです。当時すべての仕事を競争入札ではなく特命でいただき、ソフト面からハードへと継続的に取組みができました。(詳しくはHP柴設計の南郷村物語を見てください)
神門滞在は、ほぼ2時間でした。宮崎までの車中で聞いた話しですが、菅澤氏は今日中に自宅の滋賀県まで帰り、明日は東京出張とのこと。そして今回の講座のために持参された、貴重な和釘・大斗への配慮のため、飛行機ではなくJRを利用されていました。宮崎から新八代まで高速バスを使い、JRの乗り継ぎで深夜過ぎに帰宅するスケジュールとなってしまいました。菅澤さん遠方まで、そして神門まで足を運んでいただきありがとうございました。
神門神社の拝殿

神門神社本殿(素屋根内の朱色の建物です)


拝殿の柱が極端に変形しています(屋根荷重オーバー)

良く良く見ると正面から見て右側の軒先が下がっています

西の正倉院(落着いた雰囲気となりました)

西の正倉院の北倉に神門神社の棟札が展示してあります

田原正人村長と菅澤氏

田原さんは今年88才、いつまでもお元気でいてください。


