双石山 2020年10月25日 滑落事故死

□ プロローグ
・・・・・

□ 山小屋にて
 12時30分頃に山小屋に到着し小屋内にリックをおろし、北側テラスに行くとステンレス三段ハシゴ上部で出会った宮大生(ワンダーホーゲル部)が北側斜面に咲いたコウヤボウキの花を撮っている「植物に興味があるの?」と聞くと、どうも彼はピークハンターではなく登山途中のいろんなものに興味を持って登っているらしい「学部は?」と聞くと、農学部の森林緑地環境学科の学生とのこと「それじゃ山中の樹木についても詳しいよね」と聞くと「授業では習ったのですが・・・?」との返事がある。まあコウヤボウキの花が目にとまり写真を撮っているのであれば今後の山中での出会いが楽しみである。

 山小屋に戻ると、すでに囲炉裏内の耐火レンガが整理されていつでも火を起こせる状態となっている「金丸君、川畑さんありがとう」いつも火付けに使っている新聞紙が小屋内を探すが見あたらない。まあ今日集めてきた杉の枯れ枝は十分に乾燥しているので、そのままでも火付けになると判断し、杉の枯れ枝、小枝、少し大きめの枝、そして一番上に金丸君がのこぎりで切ってくれた太めの薪を乗せてライターで杉の枯れ枝に火を付けると一気に日が廻る。

 早々に持参したサツマイモ(紅はるか)を鉄網の上に5本のせ、そして小谷登山口でお会いした金丸氏からいただいた銀杏の実を10個ほど鉄板の上にのせて、その上から弾け防止のため小さめの鉄網をかぶせる。

 今日のランチは金丸君から巻き寿司をいただく、奥さんのまさみさん手作りの巻き寿司で私の分まで準備してくれた。「まさみさん、ありがとうございました。薄味が私の日頃の舌にぴったりでとても美味しかったです」と金丸君、まさみさんへ伝えてください。

 焼き芋ができるのに通常最低でも45分はかかる。川畑氏は、家のメンテナンスなのか奥さんと約束していることがあるらしく、ランチをすませると「今日は早く帰ります」とのこと、川畑氏の下山準備ができた頃に、焼き芋が出来上がり、川畑氏に「どうぞ」と渡すと、受け取りそのまま、また板の間に腰をおろし食べ始める。

 金丸君にも1本、私も1本食べるが、今日の焼き芋は前回と違いしっとり感ではなく、どちらかというとホクホク感の焼き上がり、金丸君の表現を借りれば「ぼけてる」と言うらしい。何が原因なのか、前回の芋は串間のオオツカ、今回は紅はるか、芋の種類の違いなのか、それとも最初にまいている新聞紙の湿らせ具合の差なのか、毎回美味しく焼き芋をいただいているが、焼き上がりの微妙な違いが何によるものなのかまだ理解していない。子供の頃に食べた石焼芋屋さんの焼き芋の焼き具合にはなかなかならない。なんでも突き詰めていくと奥が深くなる。

 そわそわしている川畑氏、そろそろ下山の準備をと始めたのが14時00分過ぎ、いつものようにすでに炭となった残り火を灰の中に埋めてその部分だけに水をかけ火種を完全に消し、その上に灰を重ねる。最後に耐火レンガを2重に乗せて囲炉裏の始末が終わる。その後は、金丸君が板の間に積もった灰を、川畑氏が水をうった土間を竹箒で掃除をする。

□ 事故
 囲炉裏の始末をしながら遠くでサイレンが聞こえている。徐々にその音が大きくなり、どうやら山小屋下の県道あたりでサイレンの音が消える。山中で事故があったのでは、双石山は事故の多い山、毎年数回が発生しており、その都度宮崎県の防災ヘリコプター「あおぞら」が飛んでくる。あおぞら不在の時は自衛隊または鹿児島県の防災ヘリが飛んできている。

 毎回山小屋の掃除が終わり下山する時には、北側テラスから宮崎市街地の眺望を撮るようにしている。今日は14時26分に撮っている。山小屋前の登山道を下り始めた時に、朝お会いした金丸氏から携帯に連絡が入り、何かあったのではと思いすぐにこちらからかけ直すがつながらない。

 山小屋を出て最初のピークを下りて、尾根筋から左側にルートをとり、木の根がらみカ所、そして次のジメジメとしたトラバースカ所を過ぎてアカマツの生えている三叉路を過ぎたあたりで何か声が、小さく、一度だけ、下の方から聞こえる。川畑氏に確かめると何か聞こえたような気がするとのこと、金丸君には聞こえていない。

 そのまま、ルンゼ上部の尾根筋登山道を歩いていると、私より少し先輩になるのか男女二人が登ってくる。どうやら初めて登ってきたようで、第二展望台までのルート(おそらく尾根コース)を下りたくないので、山頂を経由して九平登山口に下りて県道を歩いて小谷登山口駐車場まで行きますとのこと。所用時間を考えると16時30分前には九平登山口に下りることはできそう。まだ山中は暗くなる前で「お気をつけて」と別れるが、このあたりで防災ヘリの音が聞こえだんだんと大きくなってくる。

 ヘリはルンゼから山頂付近の間を行ったり来たりしている。事故現場を探している様子、15時05分頃に第二展望台に到着しテーブルベンチにリックをおろし休憩する。防災ヘリが場所を特定できず尾根の北西側をあちこちと飛び回っている。北西側は急峻な崖地が続く場所、もしこのあたりでの事故であれば救助は大変、ここで携帯に連絡が入る。

 廣重氏からの電話があり「今、岩の上三兄弟の所にいます、今からそちらに消防隊員が登っていきます」とのこと、しばらくすると第二展望台の取付きに消防隊員の姿が見え、一人の隊員が登ってくる。事故現場の特定のため尾根筋登山道を山頂方面に進まれる様子、隊員の方に先ほど聞いた声について話すと「県道から直接登った救助隊員の声かもしれない」との説明がある。

 再度、廣重氏から携帯に連絡が入り「待っています」とのこと、第二展望台を下り、谷コースを選択、金丸君の足取りが重い、毎回のことだが膝が痛そう「上りより下りの方が辛い」とのこと、ゆっくりと慎重に下山し、王家の谷中央近くで廣重氏と小八重氏との話声が聞こえ「お〜い」と声をかけると「お〜い」との返事があり、近づくと二人は腰掛けて休憩している。

 合流した時に金丸氏より携帯に連絡が入る「今、山頂への直登コースへ遭難者捜索のため向かっており、情報によると遭難は2人組で一人は首にロープが絡まっているらしい」と説明がある。師匠こと小八重氏の話だと山頂直登コースには途中ロープカ所があるとのこと、急峻な所に安全確保のためにロープが設置してある場所は山中他にもたくさんあるが、安全確保のための固定ロープが首に絡みつくということはイメージしにくい。

 ただし山頂直登コースは一般ルートではなく、ある意味マニアックルート、ルンゼ遭難碑から九平登山道にかけて双石山北西側の急峻な場所をトラバース気味に歩くルートを「行者コース」と呼んでおり、その行者コースから尾根筋に繋がる急峻なルートがここ近年いくつもできている。

 私も山小屋の次のピーク下へ繋がるルートを矢藤氏の案内で上り、山頂から直登コースを藤本氏の案内で川畑氏と一緒に下りたことがあるが、その時に思ったのは、私が上り下りするルートではないと判断しその後は一度も足を踏み入れていない。一般ルートではないということもあるが、もしも事故を起こした時には、救助の対応が困難な場所である。

 小八重氏、廣重氏、川畑氏、金丸君、そして私の5人で小谷登山口をめざして下山する。小谷登山道分岐点まで下りると、午前中に立てられた植樹のための目印竹が至る所にある。来週土曜日(10月31日)に小谷登山道周辺に植樹が行われる。今年春にも植樹が行われたが、その時は50本(ヤマザクラ・イロハモミジ)、今回は500本が予定されている。いつもの休憩場所となる斜め岩の登山道側には2m間隔で目印の竹が立ててあり、その場所に植える樹木の名前まで表示してある。

□ 事故状況
 今回斜め岩での休憩はなし、小谷登山口に事故の対策本部が作られているらしく、早く下りて事故の状況を知りたい。下りると道路にテーブルを出しその周りに警察、消防(救急隊員含む)など7名ほどがテーブルを囲んでいる。テーブルにはエリアマップの拡大版と時系列を表示したボード、そして金子先生作成の地図が置かれ、隊員が現地捜索隊と携帯電話で話している。

 マジックで時間とともに経過が記入してあるボードを見ると、最初に「13時57分 覚知」となっている。丁度この時間は山小屋で囲炉裏に火を入れて寛いでいた時間帯、この時間以前に事故が発生したことになる。第二展望台から山小屋に向かう途中でも、すれ違った登山者の中に男性二人組はいなかった、また山小屋でも出会っていない。

 ここで隊員から聞いた話では、遭難者は二人、重篤者が一人、他一人の人が救助要請をしてきたらしい。ただし救助要請してきた人は事故を起こした場所ははじめてらしく、重篤者の方が案内をしていた、その場所をしっかりと把握されていないとのこと。遭難者のお一人はO氏、私の山友リストに0氏の名字はあるが、遭難事故現場の状況から判断するとその方とは思えない。

 徐々に伝わってくる内容から、山頂直下のルート(正式なルートではない)ではなく、山小屋から第二展望台方面へ下山する尾根筋登山道の途中で北西側の岩場に下り、持参したロープで下降中に事故が起こったらしい。ということであれば私が三叉路を少し下ったところで聞いた声は救助要請をした人の声だったのかもしれない。

 そこで考えられるのは、持参したロープを使い下降する場所は、普通に考えればルンゼしかない。そのことを救助隊員に伝える。そこで山頂直下へ救助に向かった救助隊へ事故現場の見直しの指示をされる。この時テーブルを囲んでいたのは、救助隊員以外のメンバーは一緒に下りた4人とひゅうがわらじ会の川越氏、地図上でルンゼの位置について説明するが、エリアマップではあまりに概略的すぎて場所の特定ができないが、とにかく救助隊が現場に近づき、声かけ、ホイッスルなどで合図しその反応を確認するしかない。

 尾根筋を第二展望台から山小屋に向かった救助隊員と行者コースをルンゼ遭難碑の方に進んだ隊員、上と下の両方から何らかな合図を送りながら探すしかない。しばらくすると対策本部隊員の携帯に要救助者のおおまかな場所がわかったとの連絡が入る(16時24分)。

 私はてっきりルンゼで確認できたと思い、師匠と廣重氏をルンゼ駐車場まで送るのを兼ねて、ルンゼが見える場所(県道)まで車で移動する。県道よりルンゼ方向を確認するが、時折聞こえるホイッスルの音とかすかに捜索隊員なのか声が聞こえる。北壁、カンテ、などの切り立った岩場は見えるがルンゼは樹木に覆われて県道からは見えない。

 そうこうしているうちに大住さん、蛭川さんの車が九平方向から下りてきて、すでに金丸氏など捜索に協力した山友関係者は小谷登山口に下山しているとのこと、その時に山中で活動していた捜索隊は消防・警察関係の方達のようだ、金丸氏に状況を確認しようと小谷登山口に戻る。

 金丸氏に話を聞くと事故現場はルンゼではなく、もっと山小屋寄りの崖地とのこと、私は知らない場所で、以前は岩場ルートとして使用されていたらしい。そうであれば事故を起こされた方は以前の岩場ルートについて詳しい方ということになる。以前といっても双石山でロープを使い岩登りが行われていたのは、おそらく私が大学進学で宮崎を離れていた時期あたりまで、そう考えると今から40年以上前のことになる。

 50年ほど前に起きたルンゼでの宮崎大学の学生2人の滑落事故の後は、徐々に双石山での岩登りが少なくなり県北の比叡山が岩登りのメッカとなり、現在、比叡山には県外からもたくさんのクライマーが集まっている。来月中旬には山友も比叡山岩場でのデビューをすることになっている。

 対策本部に捜索隊より事故現場確認の連絡が入り、救助のために一度宮崎空港に戻った防災ヘリが再度救助にくることになり、再度、廣重氏とルンゼ登山口上の県道まで車を走らせる。防災ヘリが山腹でホバリングしている。その場所は双石谷の上の方で、遭難碑の上部の右側、先ほど眺めていた左側がルンゼになる。

 防災ヘリの位置からすると、やはり通常は、ほとんどの人が使わないルート、ホバリングしているヘリ、カメラをズームアップすると、窓越しに見ていた4人のヘリ隊員が、そのうちに扉を全開にし身を乗り出して下を確認しているが、一向に救助用ワイヤーを下ろす気配はない。ルンゼであれば、途中にテラス状の場所があったと記憶しているが、今回の遭難現場でのヘリでの吊り上げは難しそう。

 ヘリのすぐ上に双石山の稜線が見え、その右手上の山にかかった半月が見えている。この時すでに17時30分前後、山中はおそらく暗いのでは、8分ほど事故現場上空をホバリングしていたヘリは、今日の救助をやめたのか現場を離れていく。三度小谷登山口の対策本部に戻るとテレビ局が来ている。通常の事故で防災ヘリが飛んで来たくらいではテレビカメラが来ることはないが、はたしてどのような情報が伝わったのだろうか。

 対策本部で確認すると要救助者の一人は救助隊員と共にすでに山小屋に避難しているらしいが、もう一の人重篤者に関しては明日の日の出とともに救助活動を再開するとのこと。現場の状況を詳しく把握することは現時点ではできないが、どうか無事でおられることを祈るばかりである。薄暗くなった対策本部近くには、金丸氏、松崎氏、男性、そして先ほどもいた川越氏達がいらっしゃる。


 (10月26日、早朝の掃除をしているとヘリの音が徐々に近づいて来る。自宅上空を6時30分に通り双石山へ向かって飛んでいく。食事が終わり歯磨きをしている時に居間でテレビを見ていた次男が「ヘリコプターが見える」と教えてくれる。見ると防災ヘリは一旦山を西の方に離れ、そして転回し高度を下げながら再度山に近づいていく、この時7時30分頃、一時間近くヘリは現場で救助活動を行っていたことになる)


小谷登山口に設置された対策本部
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252896.jpg



事故があったと思われる双石山北西側
ルンゼは、写真中央谷の影となっている左側部分
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252871.jpg



遭難者の場所の確認ができ、
一時宮崎空港に戻っていた防災ヘリが再度飛んでくる。
空には半月がかかり、徐々に薄暗くなっていく。
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252830.jpg




事故現場上空をホバリングしながら下の様子をうかがっている
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252801.jpg



ヘリの扉が全開され、レスキュー隊員4名が身を乗り出している。
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252883.jpg



本日の救助は無理と判断したのか、
この後、防災ヘリは現場を離れていく。
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_22252848.jpg




今朝(10月26日)6時30分に、
自宅上空を双石山に向かって飛んでいった防災ヘリが、
7時27分、それまで北壁の向こう(遭難現場上空)で、
ホバリングしていたであろう、防災ヘリが姿を現し、
一旦双石山と反対方向の西に進むが、
方向転回し、再度、高度を下げながら双石山に近づいて行く。
双石山 2020年10月25日  滑落事故死_c0153595_16552012.jpg

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by mutumi48 | 2020-10-25 22:15 | 双石山へ | Trackback | Comments(0)

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