前立腺肥大・1/7 手術当日(2020年11月4日)・翌日
2020年 11月 07日
10月4日(水曜日)は朝6時00分頃に野崎東病院の4階病室で目覚める。今日は前立腺の手術の日、その内容についてどのように進めていくのかは事前に担当の岩本ドクターと看護師さんから聞いていた。特に昨日(10月3日)の入院時に担当看護師さんより詳しい説明があった。
前日の21時00分に下剤(センノシド)を2錠のんでいたが、7時00分に看護師が浣腸の器具を持って来る。手術中に排便をしないようにするため事前に腸の中の物を全て出し切っておく。「浣腸は初めてですか」と聞かれ「いや以前にもしたことがあります」と答えるが、実際浣腸をしてもらいながら「否この感触は違う」以前したことのあるのは浣腸ではなくお尻に座薬を入れたことだと勘違いをしていたことに気がつく。
浣腸が終わると看護師さんから「ゆっくりと100は数えてください、その前に出してしまうと液だけが出てしまいますから」との説明があり、1 2 3・・・とゆっくり数えながら病室近くの便所に行く。便器に座りペーパーを多めに取り重ねてお尻にあてる、ほぼ100ほど数えた時に自然と便意をもよおし排便する。果たして腸内の便はこれで全部なのだろうか、まだ残っていないのかと考えながら便器内の便の長さを見ると全部で60cmほどにはなる、これだけ出れば手術中に排便することはないだろうと自分に言い聞かせ病室のベットに戻り横になる。
今日は朝食、昼食ともに抜き、もちろん水分もダメ、7時30分頃に点滴の準備に看護師さんが来て、左手首近くに注射「点滴用は針が大きいので少し痛いかもしれません」とのこと、もともと注射は苦手でいつも目を背けてしまう。少しチクリとする、看護師さんから「この針は柔軟性がありますから、手首を動かしても血管を傷つけることはありませんので普通に手首を動かしても大丈夫ですよ」との説明があり点滴が始まる。
8時00分頃に安定剤を服用し、8時30分頃に手術着に着替えるため看護師さん二人が来て着替えを手伝ってくれる。着ているものをすべて脱ぎ、スッポンポンとなり、大きな一枚の布地を二つ折りにしたもので、両肩のところにボタン、脇は紐で結び、足には専用のストッキングを履く、手術中に足の血管に血栓ができないように足全体を圧迫し血液の流れを良くするもので、足首から膝の上までがキュッと引き締まる。
次に手術室担当の看護師さんが来てこれからの手術の流れを細かく説明してくれる。最後に「緊張していませんか」との質問があるが、どういう訳かさほどの緊張感はない、同じ手術の経験をされた山友の井上氏から聞いていたこと、そしてドクターからの説明も聞き、自分でもネット検索でその手術内容については十分に認識していたせいか、自然体で手術に向かい合うことができた。
看護師さんの説明が終わりベットに横になるとウトウトしてしまったらしい。どうやら先ほど飲んだ安定剤が効いてきたようだ、この時のことはあまり覚えていなく意識がはっきりしてから、妻から「早めに来て病室を覗いたらいびきをかいていたよ」と言われる。
9時00分過ぎに病室のベットに寝たまま4階の病室フロアーから手術室のある2階フロアーまで移動する。2階のエレベーターを降りたところで妻の姿があり、声をかけられ、こちらからも声をかけたが、どういう会話だったのかは覚えていない。そしてここで岩本ドクターとも二、三言葉を交わしたと思うが覚えていない。事前に飲んだ安定剤に眠気を誘う薬効があったのかもしれない。
手術室の出入口を頭の方から入ると中央にある手術台上の照明器具が目に入る、いかにも手術室、テレビや映画のシーンで出て来るのを見ることはあるが、ここはセットではなく、ましてや自分があの照明器具の下で下半身をさらけ出す日が来るとは予想だにしなかった。
手術室にはたくさんのスタッフが待機しており、中に入ると体にいろんなものを付けている。そしてこの後、腰椎麻酔をすることになるが、ベットの上で打たれたのか手術台の上で打たれたのか記憶がない、ただ事前に説明を受けていた様に膝を抱えるようにくの字になった記憶はあり、そして手術台の上に意識がある中で移動したところまではなんとなく覚えているがその後の記憶は一切ない。
手術の方法はホーレップ(HoLEP・経尿道的前立腺レーザー核出術)と言われている方法で、レーザー光を利用した治療で出血や痛みが少ない、そしてここ野崎東病院は全国でもこのホーレップの術例が多い病院となっている。私がこの手術に興味を持ったのは今年春から通っていた事務所近くの泌尿器科を予定外の土曜日に受診した時に担当のドクターがお休みで宮崎医大から来ていたドクターから話を聞いたこと、そして山友の井上氏から話を聞いたことがきっかけとなる。そのことについては再度詳しく紹介しようと考えている。
徐々に意識が戻ってくる、看護師の顔、そして妻と母の顔が見える。ぼんやりとした頭で妻に「使った下着があるから持って帰って」とお願いする。この時点で腰から下の感覚が全くない。話だと手術は予定より早く済んだらしい。
徐々に下半身の感覚が戻って来るが、ペニスに今まで感じたことのない違和感が漂う、後で気がつくが尿道に管が挿入れそこから生理食塩水が点滴されている。点滴を入れるのと膀胱に溜まった液体を出すためにおそらく2本の管が挿入されていることになる。前立腺を除去した後の出血を一度膀胱を通して排出している。
人間の拘束のやり方にはいろんな方法があるのではと思う、その筋については全く知識が無いので何とも言えないが、今の自分のペニスに挿入された管で体の外と繋がられた状態はなんとも不快なものである。
徐々に意識が戻って来るが腰から下の感覚が薄い、左の足は意識できるが右足の感覚は太ももから全くない、徐々に足の感覚が戻って来るが、一緒に管に繋がられてペニスの不快感も強くなって来る。この状態で明日の昼前までほぼ20時間を過ごさなければいけない。右の足の感覚も徐々に戻り足を動かせるようになるにつれてなぜか腰の痛みを感じはじめる。
看護師さんが頻繁に様子を見にきてくれる。時折ペニスに繋がれた管から排出された尿を袋から専用の容器に移している。見ると紅色の液体、まだ切除した前立腺のところから出血しているようだ。
手術は9時30分からスタートし、予定では午前中いっぱいと聞いていたが早く済み、昼前には病室フロアーの術後観察病室に移って来ていた。時間はわからないが意識が戻った後に岩本ドクターが見えて「無事に終わりました、思ったより尿道が細くなっていたから、さぞきつかったでしょう」と話された。
意識が戻り、ペニスに挿入された管が外されるまではとても長くそしてきつい時間、腰が痛いがペニスに挿入された管のため体を自由に動かすことはできない。少し腰を傾けると気分が変わり痛みが和らぐ様に感じるが、それも一ときのこと、看護師さんから「動かす時には自分でやるのではなく、遠慮なく言ってください」とのこと、自分でやろうとすると体に力が入り傷つけている部位から出血する恐れがあるらしい。ひたすら耐えなければならないこの時間、妻や母など出産経験のある女性はもっともっときつい時間を耐えてきたのではと思う。
17時00分に今日初めての水分を取ることができた。病棟では食事の一時間前にお茶を出してくれる。乾いた喉を潤してくれる。18時00分に今日初めての食事、正直病院の食事は美味しいものではないが、この時の食事はとても美味しく感じた。ちなみにメニューはご飯、筑前煮、ドレッシング和え、卵豆腐、そしてグレープフルーツ、空腹が何よりのご馳走の元になるとは良く言われること。
食後には体全体から麻酔が切れてますますペニスの閉塞感がたまらない。目を閉じて眠ろうとするが寝付けない。看護師さんから「どうしても眠れない時は言ってください薬を出しますから」と言われる。
そう言えば排便のために手術後にオムツをしてもらっていることに気がつき、手でお尻あたりをまさぐると「ああこれがオムツなのか」ただこれだと便の量と内容によっては横からはみ出るのではないかと心配になり、少しでもオムツがキチンとなるように手を伸ばす。
何時だったのか覚えていないが、看護師さんに「薬をお願いします」と頼んで一錠飲む、しばらくすると寝入ってしまうが、眠りが浅い、なんとなく目覚め、そしてまた寝入ってしまう、それを繰り返しているうちに朝をむかえる。
朝7時00分のお茶の時間、そして一時間後には朝食をいただくが、この時には入院初日にいただいた病院食の味に戻っている。これも回復へのステップなのかもしれない。まだペニスは拘束されたままで自由がきかない、
10時頃に岩本ドクターと二人の看護師入って来る。「調子はどうですか、管を抜きますよ」とのこと、ベットの上で下半身をスッポンポンにしてペニスから管を抜く、最初はそれまでとは違った違和感(表現が難しい)、そしてあっという間だが痛みとともに管から解放される。
その後、手術着から病院着に着替える、まだ前立腺内からの出血の可能性があるらしく看護師さんから紙おむつを勧められる。これも物心付き始めてから初めての経験か、否私の世代は布オムツの時代で、毎回母親が手洗いしたものをはかされていた。紙オムツはいずれ常備品になるのかもしれない。12時に昼食をいただきしばらくしてから、昼食後に同じフロアーの一般病室に移動する。
入院時に入った部屋は423号室、下腹部に若干の不快感はあるがゆっくり歩きながら距離にして30mほどの距離、手術前日に入った浴室前を通り南側の西端の4人部屋、すでに私のロッカーなどは移動してある。
ベットでしはらく横になった後シャワーのために浴室に行く。紙オムツを外すと前部には血痕が付いている、今しばらくは排尿時に血が混じることになりそうである。シャワーを浴び少しスッキリとする。そしてベットで横になり持参してきた沢木耕太郎著の深夜特急の続きを読む。
前立腺肥大症は、男性の60歳では5割以上、70歳台では7割以上で罹患すると言われている病気、私も60歳を過ぎたあたりから排尿に勢いがなくなり、徐々に回数が増え、次に夜間トイレに行く回数が多くなり、いつかは泌尿器科を受診しなければとずーと思っていたが、頻尿だがしっかりと尿の量だけは出ているので、その機会がなかなか来なかった。
今年春に極端に排尿に違和感があり、事務所近くの泌尿器科を受診することになった。受診から手術までの経緯については後日紹介しようと思っているが、周りの知人に話を聞くと以外に同じ悩みを持っている人が多いことに気づかされる。確かに60歳をすぎると二人に一人は同じ悩みを抱えていることになる。
術後の経過を含めて、機会あるごとに私の前立腺その後と合わせて様々な点でのレポートができればと思っている。このレポートは私の備忘録の一つ、これから年を重ねるにあたっての記憶の一部とするが、合わせて同じ悩みを持つ誰かの役に立てればと思う。

