前立腺肥大・3/7 手術後と退院(2020年11月9日)

 今朝6時15分に目覚める、入院中に切っていた携帯時計の目覚ましは鳴らず自然と目がさめる。昨夜9時30分頃に布団に入り寝入ってから今朝起きるまで一度も目覚めることがなかった。ここ数年、夜間に尿意をもよおし最低でも一回、多い時には3回は排尿のために起きていた。術後の入院期間中も必ず一度は排尿のために夜起きていた。今朝のことが一度のことなのか、これからは夜ぐっすりと眠れるのかは今後の楽しみ。

 実は昨日(10月9日)午前中に退院した、入院時(10月3日)に担当看護師さんから頂いた入院診療計画書には、推定される入院期間は「約2週間」と記載してあり、最初に岩本先生に診ていただき手術内容について話を聞いた時には、早ければ3日で退院できるかもしれないとも言われていたので、2週間も術後の入院期間がかかるのかと思い直していた。

 自分の中では、10月8日の内視鏡検査後に起こした尿管内炎症を考慮し一週間程度は入院しようと考えており、術後の先生との話の中で10月9日(月曜日)の午前中に退院したいと話していた。

 10月4日に手術、手術後にペニスから管が抜かれた翌日5日の午前中までは回復室、その後は一般病室(4人部屋)に戻り、6日いっぱいはベットで横になって過ごしていた。入院期間中に再度読み直そうと持参した沢木耕太郎著の「深夜特急」の文庫本をひたすら読んでいた。

 コロナ禍のためか家族といえど通常の面会はできず、着替えのやりとりもナースステーションを通してと制限されいた。実は野崎東病院から歩いて10分もかからないところに長男家族が住んでおり、そこには2歳ともうすぐ1歳となる孫がいるが一度も顔を見ることはなかった。

 病室はどの部屋も昼夜を問わず廊下との間の扉が開け放しとなっている。そのためか、または密を避けるためか、病室内のベットとベットの間はカーテンが閉められており、同じ部屋でも患者同士のコミュニケーションはとりにくい状態となっている。

 私には初めての入院、4人部屋で患者同士の会話を楽しみにしていたわけではないが、自然に患者同士との対話があるのではと思っていた。ある意味個室状態で、それも空間的にある程度の広さがあれば良いが、ベット廻りを仕切るカーテン、狭い空間で一日中過ごすことは大変しんどいものがある。他3人の方達は整形外科関連で入院している人達、昼の一定時間は他のフロアーにあるリハビリテーションの部屋で過ごしている。

 まあ、私の症状からすると、とにかく動かないことが一番、動くときはトイレと浴室でのシャワーの時だけ、その分、6冊からなる文庫本の「深夜特急」も特急並みのスピードで読み切ることができた。

 術後の6日の目に膀胱残尿検査がある、1階の泌尿科診察室に行きエコーにて検査があり残量が40mlとのこと、一般的に自己導尿の終了(カテーテルによる排尿)基準が50ml以下となっているので、膀胱残量としては正常値を示している。

 手術前に通っていた泌尿器科で数回残尿検査があった。最初に検査されたときは予定外の診察を受けた時、それは下腹部にその時まで感じることのなかった圧迫感があり受診している、担当先生がお休み(土曜日)で宮医大から来られていた先生が診てくれたと記憶している

 その時の残尿量は160mlと言われたことを記憶している。そしてその時に投薬治療ではなく手術による治療方法と、そして野崎東病院が国内でも術數の多い所だと話をされた。その後は膀胱の動きをよくする薬を混じえて投薬による治療が続く、下腹部の圧迫感が日常になり、そのことを徐々に感じなくなっていった、このことは異常なことだと認識しなければいけないが体が慣れてくる。

 その後、予定されてた診察日に受診した時に、エコー検査があり、数値について先生からの説明はなかったが「溜まっているおしっこを出しましょう」と言われ、人生初、ベットの上で下半身を、それもペニスをむき出しにすることになった。看護師さんが導入用カテーテルをペニスに入れる、しばらくすると膀胱が軽くなるのを感じながらしばらくベットで横になっていた。

 看護師さんから「はい終わりましたよ」「どのくらい溜まってましたか」と聞くと「500mlほど出ましたよ」とのこと、正直驚いた。毎回診察前には尿検査があり、この日も一度排尿しているにもかかわらず膀胱内にペットボトル一本分の尿が溜まっていたことになる。ネットにより調べたところ「膀胱内には300ml以上は溜めない範囲で排尿するように指導する」との記載があり膨張が拡張しすぎると排出障害が増悪するらしい。

 この後に行われた診察でも投薬を前提とした診断が出され「しばらく様子を見ましょう」との説明がある。膀胱の障害は腎臓への障害になると漠然とだか私なりに理解していた。実は2012年7月8日深夜になくなった父親(84才)は、1986年に私の長男誕生の年に腎盂炎から腎不全になり28年間人工透析を受けていた。

 60代になり徐々に頻尿となり、これも歳のせいだと思いながらここ数年を過ごしてきたが、前立腺肥大により膀胱に障害が発生し、それが原因で腎不全を起こす可能性があると知った時に、まず思ったことは父親のこと、身近で接してきた分いろんなことを考える。人工透析をすることになった父親、当初の担当の先生から10年ほど生きられれば良いと言われた記憶がある。

 人工透析技術の発達により9人兄弟の末っ子だった父親は、他の誰よりも長生きをしてくれ、その生き様を子供、そして孫たちに見せてくれた。老いによる変化は人それぞれ、そんな中、母親、子供達、孫たちもそれぞれが出来る限りの対応を行い、父親との大切な思い出を残しているが、できれば腎不全になることは避けたい。

 診察ごとに、担当の先生に前立腺除去の方法や除去後のリスクについて、そして術例の多い野崎東病院への紹介状作成についてお願いをしていた。実はこの医院は父親が最後に人工透析を受けることになった医院で、自宅で亡くなってくれた父親への対応をしてくれていた先生であった。

 頻尿から、排尿に不快感を感じるまでの長い期間については、そのことがあまりに日常化していたために何を書き留めれば良いのかわからない点もあるが、そのことを綴ることによって、同じ悩みを持った人達にとっては病院での受診のタイミングが参考になるのではと思われるので、後日、再度レポートとして時系列を明確にして書き留めればと考えている。

 10月7日(土曜日)、術後4日目あたりになると、排尿時に最初に出てくる尿が紅色に染まっていたのが小便器に出される尿の色はほぼ透明に見える。ただしこれには理由があり、それは小便器の前に立つと人感センサーが働き事前に水が流れる仕組みになっているので、その上に排尿しても紅色はわからない、まあそれだけ混じっている血液が少なくなっている。

 排尿時に混じる血液について確認するのであれば大便器を利用する方が良いのかもしれないが、尿意をもよおし便所に行くが少しでも早く排尿しなければ下着を濡らすことになるのでついつい小便器を利用することになる。

 カーテンで囲まれた狭い空間での生活は、だんだんと息苦しくなってくる。息苦しくなってくるというのも術後少しづづ快復してきている兆しなのかもしれない。同じフロアーにはデイルームがあり、そこは広い空間、テレビも置いてあり、窓からは外を眺めることもできる。

 もちろん南に面した病室にも広い窓はあるが、個々のベットごとにカーテンが閉められているため、窓際には長期入院されている整形外科関連の患者さんのベットとなっている。窓のカーテンの開閉についてはわからないが、中央のベランダへの出入口(出られない)にあるカーテンは日差しを避けるためか閉められていることが多い。

 徐々に、病室で過ごす時間を短くしデイルームに行くようになる。病室からデイルームまで距離は30mほど、まだ術前のようには歩くことはできないが、幅の広い廊下(2.4m)の手すりを頼る必要は全くない。デイルームの利用者は意外と少ない。ベット横に設置してあるテレビは入院中に見ることはなかったが、ここには40數インチほどのテレビがあり、利用者がいないときはテレビの前に座りアメリカ大統領選挙のニュースを見る。

 11月8日(日曜日)、通常、病室の朝は7時00分にお茶が配られるところから始まる。もちろん目覚めるのは患者さんそれぞれ違うが、私は眠りが浅いせいか、深夜他の患者さんの動きや気配で目が醒めることが多かった。日中もベットで過ごしており、夜間の排尿もあり、熟睡できない日が続いていた。

 8時00分に朝食が配られ、食事時間は数分で終わってしまう。歯磨き後デイルームに行くと誰もいない。テレビリモコンののスイッチを入れ、いつもは見ない(この時間はすでに双石山に向かい車を運転している)サンデーモーニングを久しぶりに見る。この時もアメリカ大統領選挙について報道している。日本の総理交代の時の報道より何故か興味深い。

 途中でスポーツコーナーとなり、大沢氏が出ていた頃は楽しみに見ていたが、張本氏がメインになってからは、どういうわけか(理由はわかっている)興味がなくなった。リモートで張本氏と槇原氏が映し出されるとリモコンのスイッチを切る。

 病室に戻り、深夜特急の6冊目の残り1/3となった部分を読み始め午前中にほぼ読み終わる。6冊ある深夜特急の文庫本、読み返すと赤ボールペンで印を付けたのは5冊目の後半、そこには、それが旅の紀行文としてではなく現在の自分と置き換えた時に思わず印をしなければと思った言葉が表現されていた。

 12時00分に昼食をいただき、深夜特急の5冊目後半に再度目を通し、13時30分過ぎにシャワーを浴びに浴室に行く。明日はいよいよ退院となるが、体の動きはまだまだ完全ではない。ただこのまま入院しているとますます気が滅入ってしまいそう。


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by mutumi48 | 2020-11-10 12:10 | 前立腺肥大 | Trackback | Comments(0)

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