早朝の落葉掃除が終わると少し汗ばみ顔を洗うと水道水の冷たさが気持ち良い。ここ数日随分と暖かくなってきた、山小屋でのヤキイモ もそろそろ終わりかなと思うが、今朝も台所で紅はるかを7個洗い、新聞紙、アルミホイルと二重に包む。今月一杯は囲炉裏の火を使いサツマイモを焼くことになりそう。7時50分にグループライン双石山に「本日山小屋🍠オープン」と書き込むと、後藤氏から「・・・今朝の小谷は空き地も入れればすでに10台は停まっていそうですね」と返事が入る。後藤氏はすでにこの時間には登山口にいる。
8時5分過ぎに自宅を出発、小谷登山口までの所要時間は途中コンビニに立ち寄らなければ8分程度、今回は山中の水分補給はコーラーではなく自宅にあった賞味期限ギリギリのスポーツドリンクを500㎖のペットボトルに入れてきた。
小谷登山口に到着すると15台ほどが止まっており、手前には松元氏、そして菊池氏の車があり、その横に止める。二人に「おはようございます」と声をかけしばし談笑する。話題は今週月曜日に滑落し翌日発見された白石さんのこと、私もだが菊池氏も白石さんとは面識がある。確か双石山の山開きが行われた3月20日、山小屋で囲炉裏で火の番をしていると、そこに白石さんと一種に現れた、たしか桜川さんも一緒だったと記憶している。
私も2回しかお会いしていなかったが、捜索に参加し、発見後に対策本部が置かれたルンゼ登山口駐車場で白石さんの弟さんの出迎えを受け、その時のやりとりもあり、もし可能であればお通夜に行きたいと思っていた。同じく捜索に参加した同じ町内に住むオッシー に斎場がわかれば連絡して欲しいとお願いしていたが、結局はわからなかった。菊池氏はお通夜に行かれたとのこと、話を聞くと田野町内に二つある斎場に連絡をされ、一つの斎場の方よりご自宅で通夜・葬儀とも行うと聞き、担当者に「喪主の方に連絡をとっていただきご自宅での通夜に参加できるのか」聞いて欲しいとお願いされた。
結果、弟さんと連絡が取れ、お悔やみ等無しということでご自宅でのお通夜に参加されたとのこと、弟さんから事故当時の話など聞かれ、また枕元には白石さんから是非欲しいと頼まれ、捜索当日に私から弟さんにお渡しした小冊子「双石山」が置かれていたらしい。ご姉弟でよく登られていた双石山、初めてお会いした時に「柴さんのブログで情報を得てます」と話をされた白石さん、こんなことになり本当に残念、改めてご冥福を祈ります。それにしてもお通夜に行っていただいた菊池氏には感謝です。
白石さんの訃報をグループラインで紹介したところ、多くの方よりメッセージが入っていた。私は土曜日に「・・・明日は山小屋の北テラスでの献花を考えています」と書き込んでいた。桜川さんの車が到着、その後小八重氏の車が県道脇に止まり、皆でしばし談笑する。県道上の空き地を見るとどうやらオッシーの車が止まっている。近づくとそこへ金丸氏と若い女性の方、そして先日、捜索に参加され白石さんを発見されたS氏がみえる。話を聞くと4人でルンゼでクライミングのトレーニングをされる。そういえば先月(3月)オッシー から「4月10日は金丸氏のサポートでルンゼを登ります」と聞いていた。私に「一緒にどうですか」と言われたが「とんでもない」と返事をしていた。
S氏に「事故翌日に白石さんを発見でき本当に良かったです、あの場所だったらずーと発見できなかったかもしれません、なぜあのルートを探そうと思われたのですか」聞くと「5日の午前中に一通り捜索し、それでも見つからなかったので、松崎氏より山小屋直下のルートを捜索してはと提案があり下から登り見つけることができた」との説明があった。このルートの捜索はベテランのクライマーでなければできなかった場所で、発見できたのはS氏とN氏のおかげだと思う。
金丸氏と一緒に見えた若い女性はMさん、後で話を聞くことになるがクライミングをはじめてまだ間もないらしい。県北のクライミングの聖地の比叡山の初心者ルートを一度経験している。おそらく金丸氏が指導しているボルダリング教室で十分に練習を積み今回のルンゼ挑戦となった。ベテランの金丸氏、S氏のサポートそして下からのアブローチではなく上から一旦懸垂下降し、その後岩場を登るということで危険性はゼロに近い。
早朝常連の杉山氏が下山してくる、挨拶ししばし談笑する。単独での早朝登山をはじめられて今日で423回目で、別に毎週木曜日に双石木曜会でもメンバーと一緒に双石山を楽しまれている。確か今年1月に80才になられ私とほぼ一回り違う、山中で目標としている先輩の一人である。いつもは親子岩周辺ですれ違うのだが、今日は登山口でいろんな方との話が長くなった。この時間帯に登山をスタートされる方で山での出会いを楽しまれている方は、下山してくる杉山氏を見かけられたらぜひ声をかけてしばし談笑すれば貴重な情報と元気をいただける。
9時00分に小谷登山口をスタート、急登を登り平な登山道になった所から小谷中央に見えるタラヨウ(別名ハガキの木)にたくさんの花芽が付いている。しばらく登ると登山道先に菊池氏の後ろ姿が見える。二番目の重機道との合流地点で後ろから声をかけられ振り向くと重機道を登ってきた松元氏の姿がある。いつも小休止する犬岩横もスルー、ぬかるんだ急登を一気に登ると、二人の登山者と菊池氏が談笑中で「柴さんキバナノホトトギスの開花はいつ頃ですか」と聞かれる。キバナノホトトギスは秋に花をつける。
キバナノホトトギスは場所によって開花の時期が異なるが、比較的早く咲くのは象の墓場で9月20日頃には花を楽しめ、その後10月下旬頃まで加江田渓谷を含め小谷登山道周辺から尾根筋登山道に上がる谷コースなどで楽しめる。不思議なことに尾根筋登山道ではまだ一度も、その株自体も見たことがない。さほど標高差のない谷コースには自生しているが、尾根という環境のためなのか今まで確認できていない。
小谷登山道分岐点に9時15分に到着、ここでは毎回鏡洲側対岸の七つ山側を写真に撮る。前回とすると塩鶴稜線までの山肌の緑が濃くなっている。七つ山の杉皆伐後の山肌にもうっすらと緑の気配、その向こうには薄曇りの下に清武と宮崎の市街地の一部が見えている。ここから徐々に標高を上げていくと市街地、そして県央の稜線が望めるようになる。
女性二人の方が登ってくる、先頭はマリエさんではないか今年2月に山小屋でお会いし一緒に囲炉裏を囲んだが、その時には分からず下山後に「ああマリエさんだった」と気がつく。マリエさんに「2月に山小屋でご一緒しましたよね」と話すと「そうあの時は人違いかと思いました」とのこと、お互いに少し変化しているのかもしれない。マリエさんは今日は職場の先輩と一緒に登られている。
菊池氏がカエル岩の下で話をされていたご夫妻がみえしばらく一緒に休憩する。はじめての双石山登山ということで登山道をそのまままっすぐに進むイワヤ神社・天狗岩ルートを勧める。私は小石を一個拾いいつものように石積み岩にのせて先を進む。バクチノキ、親父の木、失楽園、タブノキトンネル。昇り龍に挨拶しながステンレス三段梯子取付きに9時30分に到着、ここで小休止していると下にオッシー 、金丸氏、Mさん、S氏達が登ってくるのが見え、合流し、しばし談笑後に先に王家の谷に入り、いつもの岩の上四兄弟の定位置に腰掛けて小休止する。
ここら第二展望台までは途中の休憩がなければ所要時間は15分程度、ただし私は谷コースで一番の難所であるロープヶ所取付きで小休止、化石谷で追い越されたオッシー 達がここで休憩中、この4人は今日はクライマー、ザイル、カラビナ、ヘルメットなどの登攀用具を担いでいる。本来はこの場所では休憩せずにそのまま第二展望台まで登り切る人達、余程リックが重いに違いない。ロープヶ所取付きは谷の反対側に人面岩がある。以前誰に聞いたのか忘れてしまったが、昔昔にこの人面岩でロッククライミングのデモンストレーションがあったと聞いたことがあり、そのことを金丸氏とS氏に話すが、ご存知なかった。ロープヶ所側をギャラリースペースとしてデモが行われたらしい。
11時10分に第二展望所に到着する。テーブルベンチには朝早く登った後藤氏と、ほぼ一緒にスタートした菊池氏二人が談笑中、後藤氏曰く「早朝の登山道周辺の樹々に降り注ぐは陽の光と夜露が魅力的」とのこと、撮影され後でラインで送っていただく写真アルバムが楽しみ。オッシー 達は第二展望台には上がらずに取付きで小休止後そのまま尾根筋登山道をルンゼ上部をめざして進まれる。第二展望台からみえる宮崎市街地は青空の割には霞んでおり県央の稜線は望むことができない。
尾根筋登山道を、菊池氏、後藤氏、松元氏、後で登ってみえた高瀬氏と一緒に進み、途中のレスキューポイントで足元に咲くたくさんのツボスミレに目が止まり、地面に這いつくばっての撮影会が始まる。小谷登山道脇にもたくさんのスミレが花をつけているが、そちらは花弁全体が紫色したタチツボスミレで、尾根筋登山道で見られるのは白い花びらに紫の筋が入ったツボスミレ、昨年は山小屋手前のピークの奥に群をなして咲いていた。最初に見かけたのはこのピークの登山道脇だったが2014年6月1日の遭難者救助のために周辺の樹木が切り取られ、その時にツボスミレの自生地も踏みつけられた。そこには数年間花を見ることはなかった。
尾根筋登山道を塞ぐように倒れているスダジイの巨木、実はこの場所から南側の加江田渓谷側をよく見ると樹木の間にダフノキの古木があり、この時期には着生しているタケランがたくさんの花を付けているのを見ることができる。昨年も4月10日に満開のタケランの写真を撮っている。今年も観察すると満開ではないがすでに数株は花を付けている。初めて見つけたのが・年前の・月・日で、それから毎年の楽しみとしており、盗られる心配のない所に着生しているので、通りかかった多くの登山者に紹介している。
11時15分に山小屋に到着、板間にリックとカメラバックを置き、まずは持参した菊を滑落事故のあった枝尾根道の入口脇に供え手を合わせる。菊池氏は白い百合の花を供えられる。松元氏はテーブル隅に簡易な焼香台を設置される。
小屋に入り囲炉裏に火を入れる準備、いつものように耐火レンガを取り出し、灰床をスコップで掘り上げて、拾ってきた杉の枯れ枝を焚き付けにして小枝、薪とのせていく。毎回のことですぐに火が回り、鉄筋フレームそして鉄網をのせ、その上にサツマイモを並べる。小枝の一部に葉のついたイスの枯れ枝を使ったためにモクモクと白い煙が上がり、小屋中が煙だらけとなる。早々に窓を開けて換気する。そこへ年配の男性が見え煙の抜けの悪さについて一言「もう少し煙突を長くしておけば良かった」と、すぐに山頂をめざして出て行かれたため詳しく話は聞けなかったが、山小屋再建の時に尽力されたお一人なのかもしれない。
ルンゼ登山口からスタートした小八重氏と桜川さんが到着、献花の後しばらく姿が見えない。後で聞くと椎茸の採取に付近を探されたらしい。阪本氏夫妻が見える。奥さんとは今年に入りお友達と二人で登られ時に数回お会いしているが、阪本氏とは久しぶりで、話を聞くとコロナに感染してしばらく入院をしていたらしい。
佐々木さんがみえ、北側テーブルベンチで菊池氏、桜川さん、小八重氏さん達とランチをとられている。北九州からみえ昨日は東郷町の冠岳に登り今日双石山に来たというご夫妻(Y氏・福岡県在住)がみえる。
囲炉裏でサツマイモを焼いているとオッシー から携帯電話に連絡が入る「今からルンゼを登ります」と早々にサツマイモを火から遠ざけるように鉄網の隅に移動しカメラを手に北側テラスに移動する。以前金丸氏から聞いていたルンゼのスラブという岩肌に焦点を合わせズームアップ、しばらくするとスラブ手前の木々のとの取合い部分にヘルメットを被った男性の姿が見え上に移動していく。すぐに樹々のため視界から消えるが、しばらくすると上の樹々の隙間に次から登る人をビレイしているのか男性が見える。よく見るとS氏で、どうやらセカンドで一緒に登っているのはオッシー のようだ。
今回事故のあった現場への枝尾根道への入口付近にここから先には行かないようにとトラロープが張られ、注意喚起の案内が設置してある。案内の文章は「立入禁止 死亡事故2件、重傷事故1件 計3件の遭難事故が、発生しています。あなたは4件目の犠牲者になりたいですか!!」とある。この案内までの道も東側が切り立っており危険な場所で、できれば北側テラスの現在ロープが張られている同じ場所の延長ラインが良いのではと思われる。そのためには木杭が必要になる。
阪本氏夫妻、佐々木さん、菊池氏・高瀬氏・桜川さん・小八重氏達が先に下山され、松元氏と後藤氏と14時30分まで山小屋で過ごし下山する。下山途中でタブノキの古木に午前中には気が付かなかったタケランの開花らしきものがあり、カメラでズームアップすると葉裏が太陽の陽で照らされ白く輝いている。
第二展望台、化石谷、小谷登山道分岐点で小休止、分岐点手前では午前中オッシーが話していたアケビの花をスルーしかけた時に、松元氏が声をかけてくれ、独特の花を写真に撮ることができた。下山途中にクマイチゴの花、そして三出複葉のイチゴ(キビナワシロイチゴ?)の群生地を見つけパチリ撮る。
16時15分すぎに小谷登山口に下山する。本日の無事なる登山と出会いに感謝し山に一礼する。
登山靴を脱いだ頃にオッシー 達が県道を下ってくる。結構長い時間をルンゼの岩場で楽しんだようで、みなさんとても満足した顔をされている。金丸氏の話ではオッシーは約束の10㎏減には程遠いがクライミング技術は相当レベルアップしているらしい。いよいよ「クライマーオッシー」の誕生となるか。
次の機会には私もと誘われるが、とてもとても、そのようなレベルではない。
白石さんへの献花
後藤氏撮影

白菊のお供え
松元氏がテーブルに焼香台設置
小谷登山口分岐点より
「昇り龍」下の登山道のクライマー達

皆さんリックが重たそう

第二展望台より

ツボスミレ開花尾根筋レスキューポイント


タケラン開花次の週あたりが満開



山小屋北テラスよりルンゼの岩場をズームアップS氏の姿
S氏の上はオッシー ?

S氏ビレイ中?

山小屋下の枝尾根途中の立入禁止の案内


献花下山前

化石谷でカンアオイの花を撮影する後藤氏

アケビ開花


午後の小谷登山道分岐点

クマイチゴ

たんぽぽ



キビナワシロイチゴ ?帰宅後調べると、葉の三出複葉からキビナワシロイチゴではと思ったが、花の色が違う、今後も観察を続ける。


