双石山 遭難事故・02

 2020年08月11日のこのブログで、2016年10月から2020年8月までに双石山で起こった5件についての遭難事故を取上げており、いずれも大事(死亡事故)にはならなかった。しかし、ここ2年間では私が認識しているだけで3件あり、その内2件は滑落による死亡事故となっている。

 この3件は、ほぼ同じ場所での事故であり、現在現場へのアブローチ入口には「あなたは4件目の犠牲者になりたいですか!」という貼り紙がある。人伝に聞いた話だが今年(2022年)の2件の事故については、2020年10月に起きた事故現場を確認するために単独でアプローチし事故となったらしい。

 それぞれの事故について、改めてこのページで紹介する。ただし内容が長文となるため遭難事故に関する文章を赤文字表記とする。

・双石山 2022年04月05日 遭難者捜索
・双石山 2022年02月20日 滑落事故
・双石山 2020年10月25日 事故速報

事故現場へのアブローチ(山小屋北側テラス)
現在は、下に降りないように全面に赤ロープが貼ってある。
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少し下ったところには虎ロープによるバリケードがある
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立入禁止の案内
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「あなたは4件目の犠牲者になりたいですか!」


双石山 2022年04月05日 遭難者捜索 (女性死亡)

 双石山の山行をブログに書き始めて400回以上となるが、今回は気が重くどこまで書き続けることができるのかわからないが、記録として書き留めることにする。今日(4月5日)11時00分頃事務所でパソコンに向かっていると携帯の着信音が鳴る。出てみると山友のオッシーで電話をかけている場所は双石山の象の墓場付近らしい。

 電話の内容は3月20日に山小屋で一緒になったSさんのこと、この時点で分かったことは、Sさんが4月4日に双石山に登り夕方になっても帰宅しておらず、双石山に探しに行った弟さんが駐車場でSさんの車を見つけ警察に捜索の要請をして、今日、消防、警察、そして山関係者が山中を探しているらしいとぃぅこと。オッシーは私がSさんの行きそうな所の情報を何か持っていないか確かめたかったので電話してきた。

 Sさんとは今年3月6日に第二展望台で初めてお会いした。私がテーブルベンチで休憩していると1人の女性から声をかけられた「柴さんですよね、ブログを見ています」と「長い文章で読むのが大変でしょう」と返事をすると「いろんな情報があり参考にしています」とのこと「一人で登られることが多いのですか」と聞くと「いつもは弟と一緒に登っていますが今日は一人です」と話された。細身の白髪混じりの感じの良い女性であった。

 2回目にSさんお会いしたのが3月20日でこの日は双石山の山開きの日であり、たくさんの登山者が山小屋周辺でランチをとられていた。そこへ山開きに参加していない山友と一緒に現れて共に囲炉裏の火を囲みランチをいただいた。この日は後藤氏と一緒で二人で作成した小冊子「双石山」を山友達にお披露目することになり、山友達から冊子がぜひ欲しいとのリクエストがあり、再販をすることになった。

 Sさんからも冊子のリクエストがあり、Sさんにお渡しする冊子については、後藤氏の分を私が預かり、後日Sさんにお会いした時にお渡しできるようにとザックのポケットに入れた。Sさんには「週末の日曜日で雨が降っていなければ山小屋にいます」と伝え次回の出会いを楽しみにしていた。

 次の週末3月27日は薄曇り、ただしこの日は前日の五ヶ瀬町でのセミナー開催のため高千穂町宿泊となり双石山に登ることができなかったので、双石山グループラインに「・・・もしどなたかSさんにお会いしたら、柴はお休みですと、伝えていただけますか」に書き込み、山友の桜川さんから「柴さんがお休みと、お伝えすることができました」と夕方ラインに連絡が入っていた。4月3日にはお会いできるのではと楽しみにして登ったが、この日は会うことができずに、次の週末には冊子をお渡しできるのではと思っていた。

 Sさんの行動パターンについては全く知らないが、私のブログを読んでいるのであれば、ブログ内で頻繁に一般登山道以外のルート選択の危険性について書いているので、どこか一般ルート付近で滑落でもしているのではと思いたかった。そうであればこまめの捜索が必要であり、捜索の人員も必要と思いオッシーに今からそちらに行くから、どこで出会うことができるのかと聞くと、Sさんの車が止めてあったルンゼ登山口近くの駐車場に対策本部が作られているからそちらに来て欲しいとのこと、オッシー達も昼にはルンゼ駐車場に下山し午後のスケジュールを見直すことになっているらしい。

 早々に仕事を切り上げ、母親におにぎりを2個準備してもらい、11時05分に事務所を出発、早ければ12時少し過ぎには現場にいけるかもしれない。運転をしながら考えたことが、捜索にあたり何か必要なものはないのかということ、ただし消防、警察と捜索に参加しているのであれば装備的なものは必要は無い、もちろん私自身がそういうものを持っているはずもない。

 運転しながら思いついたものが地図、以前南消防署に何かあった時に役に立てばと双石山の北西斜面の写真と国土地理院の地図を上下に対比し、どこに何があるのかを示したものを作り提出していた。特にヘリコプターで搜索する時に山の写真は有効だと考えた。その地図部分にグリットを入れてナンバーを入れておけば、搜索範囲のチェックがしやすいのではと思いつく。

 帰宅早々に山の準備と、地図に100mグリットを書き込み、縦線に数字、横線にアルファベットを記入する。11時50分に自宅を出発し途中コンビニで地図のコピーを数枚とり、ルンゼ登山口に12時15分に到着する。ルンゼ駐車場は消防車、救急車、警察車両、そして救助に参加している常連さんの車で一杯で止める場所がなく、手前の広い路肩に一台の救消防車両があり、その横に車を止める。

 登山の準備をしてルンゼ登山口の駐車場に行くと、たくさんの人達、消防関係、警察関係、そして山の常連さん達もいる。駐車場のほぼ中央にテーブルが置かれ、その上には数種類の地図が広げられている。その中央に私が南消防署に持っていた地図がラミネート加工されておかれており、その地図上にマジックで、すでに捜索隊が歩いたルートなのか青く線が引かれている。このような場合を想定し作った地図だが、実際に使われている状況を見ると複雑な想いになる。

 丁度、昼の時間と言うこともあり、ほとんどの捜索隊が山を下りているが、Sさんの弟さんと一緒に山に登っている警察の機動隊は第二展望台から山頂方面を捜索しているらしい。初めてお会いした時にいつもは弟と一緒に登っているとおっしゃっていたので、Sさんの行動パターンは弟さんが一番わかっている。弟さんにはできたら対策本部に待機して参加している各捜索隊にその情報を伝えていただければと思うが、なんとしても姉を探したいという弟さんの気持ちは理解できる。

 午後からの捜索のために、とりあえずランチをいただくことになり、急遽にぎってもらったおにぎりを2個、そしてコンビニで買ったカツサンドを一つ食べる。

 午後からの捜索にあたりどの場所を捜索するのかということになり、私は冊子「双石山」で紹介した天狗岩の東側にある「天狗の隠れ家」そしてそこから大岩に直接登る谷筋の急登、そしてまだ確認していないという双石山で滑落事故の多い大岩から第二展望台までの尾根コースの東側谷筋を捜索したいと責任者に告げ、レスキュー隊員と一緒に行動することになる。

 他はルンゼ遭難碑から行者コースを辿り、今年2月に滑落事故のあった場所の下と、その上を捜索することになる。この場所の上は岩登りのクライマーしか登れない場所で、そこをSさんが登ったとは考えられない。ただし、山小屋北側テラスから枝尾根伝いに途中まで下りることはできるが、行者コースまで下りるには途中でロープが必要になり一般の登山者にはとても対応できる場所ではない。または尾根筋登山道のどこかで足を踏み外しこの辺りに滑落した可能性も否定できない。ただしこの選択は結果正しかった。

 結局、私が案内する天狗の隠れ家から第二展望台までのチーム、N氏とS氏の現役クライマーが案内する山小屋直下の岩場チーム、そしてその岩場の下を捜索するオッシー が案内するチームに分かれて13時15分に捜索を再開する。

 「私に連絡をくれたオッシー の後日談だか、5日の朝7時40分に警察犬がルンゼ登山口から山中に入り、遭難碑を少し進んだ所まで進み、その後引き返したという話を聞く。私は遭難碑手前で北壁方面に進み、象の墓場から王家の谷、尾根筋登山道、山小屋というルートを辿り事故に遭ったのではと思ったが、遭難碑までSさんを確認できたのであればそのまま行者コースを辿られた可能性もある。(4月7日記)」

 私の班にはレスキュー4名、警察4名の計9名、ルンゼ登山口より上り岩壁の手前を北壁方面にトラバースしながら気になる場所をチェツク、上空には捜索のために防災ヘリコプターが飛んでおり低空飛行のためうるさい、ヘリコプターが離れた時にホイッスルを吹き反応を確かめる。すでにこの場所は午前中に山友が探している場所だが、どこか岩と岩の間に落ちているのではと探しながら進む。

 静観の間を過ぎ、象の墓場手前まで来た時に、レスキュー隊員に無線が入り「要救助者確認」と報告がある。場所は別のチームが向かった山小屋直下の岩場の途中、クライマーのS氏とN氏が確認したらしい。この時点で連絡が入った内容は崖途中の木に引っかかっているということ、2人のクライマーにも2人のレスキュー隊員が同行しているが2人での救助は難しいということで、私と一緒にいた4人のレスキュー隊員も滑落現場へ向かうことになる。

 場所はオッシーからの連絡で、以前地質学者の赤崎氏と一緒に行った岩の近くで、そこまでの道案内のため一度ルンゼ遭難碑まで戻り、そのまま真直ぐに行者コースを辿ることになる。象の墓場入り口からほぼ40分ほどの行程となる。普段私はほとんど行かない行者コース、ただ目的地までのルートはしっかりと記憶にある。

 県道側は急峻な斜面となっており慎重に山をトラバース気味に進んでいくとオッシー の姿があり合流する。現場はそこから岩崖をめざして上り、突き当たった岩壁のわずかな棚部を東側(ルンゼ側)にトラパース気味に登っていくと行き止まりとなっている。ただしそこにはアブミ状に足掛かりの輪っかを付けた白いロープが下がっている。垂直の壁は確認できるだけで4〜5mほどありそうだが、上は草付きのためロープの上は確認できない。現場はこのロープを上がったところからさらに50mほどルンゼ側にトラパースした所らしい。

 ここでレスキュー隊員が現場に声をかけるが返事がない、まだ現場までは距離があるためか、しばらくすると白いロープが少し動く、上に誰がいる気配があり、しばらくすると行き止まり先の岩壁にクライマーの姿が見える。レスキュー隊員1名がこの頼りないロープを登り、上から手持ちのザイルを下ろし他の3人はそのザイルを使い登っていく。ここまできたのはオッシーと金丸氏、蛭川さん、大住さん、そして私だが、ここは狭い場所で足場も悪く、下の広い場所に移動し上の岩場での救助の状況をしばらく確認する。

 Sさんを見つけたクライマー二人が下りてくる。救助はレスキュー隊の役割、クライマーの方に話を聞くと上から落ちて木にかかった状態で、すでに息絶えているとのこと、現場状況確認のために撮られたという写真を見せていただいたが、岩壁から張り出した樹木に何かが絡み付いているようしか見えなかった。

 要救助者発見ということで、ここまで同行してきた他の消防隊員は、金丸氏、川越氏と一緒に対策本部のある場所まで下りることになり、警察関係者達は検証のため山小屋まで登ることになり蛭川さん、山本さん、大住さんが案内する。私とオッシー は救助活動をしているレスキュー隊員が下りてくるまでこの場所で待機し、レスキュー隊員と一緒に下山することにする。

 防災へリーが近づき周辺の木々が大きく揺れる、樹々の間から時折ヘリコプターの一部が見えるだけ、すぐ近くでホバリングしていることはその音と激しく揺れる樹々でわかる、ヘリコプーターに乗ったレスキュー隊員を下ろしているのか一向に現場を離れようとしない。しばらくすると一旦山から離れ、上空へと高度を上げ姿が見えなくなった。

 下に見える行者コースに12名の同じリックを背負った制服姿の人達が見える。どうやら警察の機動隊の人達、先頭を歩いているのはSさんの弟さんのようだ。行者コースまで下り後方を歩いていた機動隊員に話を聞くと弟さんを含めルンゼ駐車場まで下りるとのこと。

 しばらくすると吊り上げの準備ができたのか再度ヘリコプターが近づき、オッシーとの会話が出来ないくらいうるさい。ようやく現場からヘリコプターが離れていく。ヘリコプターの行き先は怪我人の場合は宮崎大学医学部病院の屋上ヘリポート、それ以外の場合は椿山公園の駐車場となるらしい。

 しばらくするとレスキュー隊員6名が下りてくる。時計を見ると16時25分、白いロープが下がっている場所に到着したのが14時55分なので、1時間半ほどで木に下がった要救助者をヘリコプターに吊り上げたことになる。レスキュー隊員は日々訓練しているとはいえ、単なる建物などの垂直の壁ではなく複雑な地形と様々な樹木が絡み合う厳しい現場での作業であり頭が下がる。

 隊員に現地を確認すると、やはり山小屋北側テラスから伸びる枝尾根を下った場所で尾根筋の東面、丁度ルンゼの岩場が望めそうな場所、ここでの事故は私が知っているだけでも3回ある。最初は2020年10月25日のF氏の滑落死亡事故でこの時はベタランのF氏が持参のロープを持っており、そのロープが首に絡まったと聞いている。次は今年2月20日の女性の滑落事故でこの時は骨折で済んだらしいが当日に引き上げることができずに滑落した場所から10mほど上でレスキュー隊員と一晩過ごしたと聞いている。そして今回の滑落死亡事故となる。

 双石山の尾根筋登山道の北西側は切り立った崖となっており、Sさんがどの場所で足を滑らして落ちたのかはわからないが、ほぼ同じ場所で発見できたのは偶然のことなのだろうか。なによりもクライマーのN氏とS氏がこの場所を捜索したいと提案しなければ、Sさんは発見できなかったかもしれない。事故は残念なことだが、滑落の翌日に発見できたことは本当に良かった。

 下りてきたレスキュー隊員にオッシーからチョコレートの差入れがあるが、水分補給もなくそのまま一緒に下山する。17時00分頃にルンゼ登山口にオッシーを先頭にレスキュー隊員6名と一緒に下山する。駐車場の手前で弟さんの出迎えを受けることになるが、Sさんから弟さんのことは聞いていたので、こんな形でお会いすることになりとても残念、私がリックに入れていたSさんから頼まれていた小冊子「双石山」をお渡しする。

 関係者の半分ほどの車両はいなくなり、駐車場にはSさんの車が残されており、警察の方が乗って行かれる。同行したレスキュー隊員の無線に海難事故の緊急連絡が入りレスキュー隊員はサイレンを鳴らし現場へと向かっていた。

 本当に残念な結果となったが見つけることができて本当に良かった。発見現場のことを考えると見つけられたことは奇跡に近い、そしてその場所を搜索したいと言われたN氏とS氏にその理由を聞いて見たい。

 一般登山道を前提に山での1日を楽しんではいるが、一般登山道でも事故は起き、いつ我が身となるかこればかりはわからない。

 最後に、山での出会いを楽しみに毎回登っているが、このようなことはとても残念、Sさんのご冥福を祈ります。



ルンゼ登山口の駐車場
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対策本部のテーブルを囲んで午後の捜索ヶ所の打合せ
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テーフルの上に私が作った地図が置かれ、
搜索の済んだルートがマジックで青い線で引かれている。
南消防に提出した地図には一般ルートだけではなく、
行者コース、そして行者コースから尾根筋に直登するコース
(山小屋直登・山頂直登)
奥の院コース、巨石群コースなども描かれている。
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要救助者発見を連絡を受けて現場近くに移動する
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岩壁の棚部を登り、行止まりのロープで登り、
さらに50mほど進んだ所が発見場所
クライマーでなければとても見つけることはできない
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棚部の行止まり
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設置してあったアブミ加工したロープを使い隊員が登る
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救助中 待機する山友、そして消防隊員と警察関係者
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ヘリコプターへの吊り上げが終わりレスキュー隊員が下りてくる
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今回の発見現場はルンゼ登山口駐車場前の県道から、
道なりに山を眺めた時に見える枝尾根の東側



朝日新聞 2022年4月7日
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宮崎日日新聞 2022年4月7日
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双石山 2020年02月20日 滑落事故 (女性怪我)

 今週の火曜日(2月15日)、山友のひろパパさんのブログに、当日、椿山から自転車で県道27号線を下っている時に、ルンゼ登山口上空でホバリングしている防災ヘリコプターを見かけ、小谷登山口近くまで下ると空地に消防車が数台止まり救助のための対策本部が設置されていたと書かれていた。そこで得た話として「夕方救助は打ち切られ、今夜は消防隊員が付き添って山で一夜を過ごし、翌日また救助が始まるそうです」という一部の情報が紹介されていた。

 翌日7時15分前に自宅居間の西側の窓から双石山を見ると、事故現場近くなのか防災ヘリコプターが旋回している。救助の様子も気になるが、仕事の都合もあり7時30分に自宅を出発する。事務所で地元の宮崎日日新聞を見ると、遭難事故について「双石山で滑落事故 15日午後1時50分ごろ・・・50代の女性が登山道から滑落したと女性の知人から110番通報があった。・・・救急隊員が山小屋近くの山中で女性を発見・・・女性は手と腰に痛みを訴えているが、命に別状はないという」との記事が紹介してある。

 滑落場所が山小屋近くとあるが、2020年10月25日に起きたF氏の滑落死亡事故は、山小屋北側テラスから急峻な尾根伝いを下りた場所、今回の滑落場所とその原因が気になる。

 今朝、8時40分過ぎに自宅を出発し、途中で飲み物を購入するためにコンビニに立ち寄る。ウエストポーチに入っていると思った小銭入れがない。どうしようかと思った時にふと思い出したのが、電子マネーのこと、以前東京に行った時に電車に乗るためにSuicaを購入し、ガラケイからスマホに切り替えた時にスマホで使えるようにし、そしてアップルウオッチと連動させていた。

 そう手首に付けているアップルウオッチで買い物ができるのではと、ペットポトルを持ちレジに行き、ウォッチの画面に表示されたSuicaカードを見せると、読み取り機器に近づけるように指示され、そこに近づけると支払いができた、便利な世の中になった。

 小谷登山口に向かって県道329号線を走っていると双石山グループラインの井上氏からアップルウォッチに連絡が入る。ハンドルを握った状態で隣の席に乗っている人に話しかけるように会話ができる。

 その内容は今週16日(水曜日)の11時00分頃に山友2人と一緒に山小屋に行くと、囲炉裏の始末がいつもとは違い不自然な状態となっており、山小屋の外に囲炉裏で使ったらしき焦げついた薪が数本そのまま置かれてあったらしい。

 この日は風が強く突風が吹いた瞬間くすぶっていた火種が突然燃え上がり、慌てて3人で火を消したらしい。井上氏達が山小屋に着く数時間前まで囲炉裏に火を入れていた人がいたらしい。あまりの出来事でとりあえず私にその時の状況を伝えておこうと連絡をくれたようだ。

井上氏から一緒にいた友人が撮った写真を送っていただいたので紹介する。


突風で残っていた火種から火が上がり、あわてて
雨水タンクから水を汲み、水をかけている
赤い部分は燃える火
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次の写真は、燃え上がった木に水をかけ
火を消した状態
こんな場所に火種の残った木を置いていたとは
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山小屋内の囲炉裏状況
おそらく火種は完全に消火されたと思うが、
あまりに雑然とした状態に唖然
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下の写真は、普段山小屋の囲炉裏で火を使い後始末が終わった状態


 この季節、ほぼ毎週末山小屋で囲炉裏に火を入れて暖をとっている。ほぼ毎回、最初の火入れも最後の後始末も私自身で行っているが、外に焦げ付き火種の残った薪が放置してあることなど予想だにできない。内部の囲炉裏内に残った炭でさせ、火床の灰を深く掘りその中にバケツの水で火を消した炭を埋込み、その上に灰を被せ、尚且つその上に耐火レンガを二段に敷き並べる。

 山小屋での火の取り扱いは十二分な対応がされなければいけない。前日の遭難者が一緒に山小屋で一晩過ごしたのは救急隊だけだったという話は、実は本日山小屋で偶然出会った遭難者と同じ山岳会のA氏から聞いた。捜索に参加した山岳会のメンバーや関係者達はその日の遅い時間に山を下りたらしい。翌朝行われた山小屋近くのレスキューポイントから防災ヘリコプターによる遭難者の救助後、最後に囲炉裏の火の始末を行なった方がどなたかはわからないが、あまりに雑な取り扱いにはあきれるばかりである。(後日確認すると遭難者は事故当日は山小屋まで救助できずに、レスキュー隊員と一緒に山中で夜を過ごしている

 8時55分に小谷登山口に到着、丁度早朝登山常連の杉山氏が下山し車で帰るところ、ウインドー越しに挨拶を交わす。駐車場には山友の菊池氏と久しぶりにお会いする鈴木氏の姿があり、駐車場に車を止めた後に挨拶をかわす。

 二人とも私も履いている登山靴のメーカーであるゴローの愛用者、実は双石山でゴローの登山靴を履かれている方にお会いしたのは、現在まで西山氏、菊池氏、鈴木氏、の3人、皮の登山靴を見ると目がついつい行ってしまう。踵下のソールに赤いライン(衝撃吸収素材)が入っているとゴローの可能性が高くなる。

 鈴木氏は山友達とルンゼ登山口から入山なのか県道27号線を進まれる。9時5分に菊池氏と一緒に小谷登山口より入山、今日の天気は予報では曇りのち晴れ、気温は上がらず最高気温は10度未満、皆伐された小谷登山道は西風が強く風速10m/s近くはありそう。いつもの犬岩横での小休止もそこそこに小谷登山道分岐点までひたすら登る。

 分岐点で小休止、少し汗ばんできたため上に着ているソフトシエルを脱いでリックに入れる。これで身につけているのは網目のインナーと通気性と吸水拡散性を備えた長袖シャツの2枚となる。じっとしていると寒いが常に動き体を暖めていれば汗冷えするよりは良い。そこに佐々木さんが登ってみえしばし談笑する。話題は今週火曜日に事故について、当日佐々木さんは登っており、山小屋で休憩している数人のグループのことを話される。

 菊池氏より「以前のブログで紹介してあった天狗岩近くにあるというグエル列柱の場所はどこですか」と聞かれ「案内しましょうか」と一緒にイワヤ神社方面に進み、まずは切株展望所よりの眺望を楽しみ、その後イワヤ神社にて登山の安全を祈願する。神社前の展望石横に生えているニワトコの木にたくさんの新芽が出ている。この木については2月6日のブログでも紹介しているが、何かと楽しみの多い樹木である。

 天狗岩の下にリックを降ろし菊池氏をグエル列柱に案内する。場所は近いが十分注意しなければいけない。ここの場所を現在後藤氏と一緒に作っている冊子「双石山」で紹介することにしている。天狗岩のタフォニー同様、双石山創生とその後の長い歴史を感じることのできる場所である。

 天狗岩下のトラバースルートに戻りステンレス三段梯子を上り王家の谷に入る。岩の上四兄弟の定位置にて小休止、ここで登ってきた水窪さんに出会いしばし談笑する。水窪さんよりゴローの登山靴を発注したことを聞く、足形確認のため東京の山手線巣鴨駅の近くのお店まで行かれたらしい。私も2015年5月にお店を訪ね足形をとり作ってもらった。その時初めて左右の足の長さが違うことを知った。

 菊池氏と大岩下のステンレス梯子取付きで別れる。菊池氏は毎回の尾根コース、私はさほどのこだわりはないが楽な谷コースで登ることが多い。先を行かれる水窪さんを追いかけ途中で追い越すが、途中のロープカ所取付きでの小休止中に追い抜かれ、第二展望台に10時40分過ぎに到着する。

 第二展望台は吹き抜ける風が強く冷たい。休憩されていた水窪さんは早々に山頂をめざして出発される。後で尾根コースを登ってきた菊池氏を出迎えたあと、寒さに耐えきれず一人で山小屋をめざして尾根筋登山道を進む、途中数カ所吹き上げる風が強い場所がある。

 3枚しか着ていない身には、ひたすら足早に歩くしかない。途中山頂往復されてきた佐々木さんとすれ違い、山小屋ではすでに囲炉裏に火が入り私を待っている人がいると聞かされる。杉の枯葉はそこそこに少し太めの人の背丈より長い枯れ枝を拾い山小屋をめざす。山小屋手前にあるレスキューポイントに近づくと囲炉裏の香りがしてくる。

 山小屋に11時00分に到着、山小屋の入口の建具が全開状態、閉まらないようにとわざわざ石が置いてある。囲炉裏端のベンチに山友の松元氏、入口近くに男女の二人が座っている。二人ともはじめてお会いする方達、入口の建具を閉めると男性より、煙いから開けておいて欲しいとのこと、小屋の両サイドの腰窓も何時もになく広く開けてある。

 奥の定位置にカメラバックとリックを降ろし、囲炉裏に鉄網をかぶせその上にヤキイモ、リンゴを載せる。それにしても寒い、三方向が空いており風が吹き抜ける。特に入口は西方向になるためこの時期の季節風がいきよいよく吹き込んでくる。「男性に寒いからドアだけは閉めますけど」と問いかけると「囲炉裏の煙で目がショボショボしてしまうのですよ」と言われる。

 思わず「ここの山小屋で囲炉裏に火を起こし小屋内を温めるということは煙いことが前提ですよ、煙が嫌なら炭を燃やすしかないです」と言いかけるが、言葉をグッと飲み込みドアを閉めてしまう。その後男性は囲炉裏に背を向けて座り、時折外に出てはまた入ってくる。この二人はここで他のメンバーと待ち合わせをしているようだ。

 山頂往復してきた水窪さんがみえ一緒に囲炉裏の火を囲む、最初に焼きあがったヤキイモを最初からいた女性に「食べませんか、少ないけど連れの男性と分けて」と渡し、その後、水窪さんにも食べていただく。

 入口に男性の姿が現れ「柴さん」と声をかけられる。以前お会いしたことのある方だが名前が出てこない。話を聞くと登り途中で小谷登山道分岐点で出会い、その後で道迷いをして第二展望台で再会した方、お名前を聞くとヨネザワ氏、しばらく一緒に囲炉裏を囲み談笑する。

 囲炉裏で使う薪を集めるために松元氏が出て行かれる。そういえばベンチ下にストックしてあった薪がほとんどなくなっている。薪を両手いっぱいに持ってこられたのちに松元氏は山頂をめざして出発される。出発前に話を聞くと九平登山口に下山し県道27号線を走って小谷登山口まで下りるらしい。最初45分ほどかかっていたが現在では20分台後半でかけおりるらしい。

 私が囲炉裏の火にサツマイモを並べた時に、松元氏から「私はダイエット中ですから」と言われる。常々、松元氏の体型でこれだけ山に登れるのは体幹が丈夫なためだと思っていた。そう言えば(木崎浜)の堤防を走っている松元氏と出会い言葉を交わしたことを以前金丸君から聞いていた。まさか機会あるごとにランニングをされているとは思いもよらなかった。

 ハーネスを付けカラビナをたくさん下げた男性が入ってくる。囲炉裏近くの板の間に腰かけられたので「どこか岩場を登ってきたのですか」と聞くと、火曜日に滑落した女性と同じ山岳会の方で、今日はメンバー数人で事故現場の確認にきたらしい。

 A氏とは以前第二展望台でお会いしたことがあり私の双石山登山者出会リストに名前があがっていた。私が山小屋に来た時からいる男女二人も同じ山岳会のメンバーでA氏以外は方達は板の間に上がりランチの準備をはじめる。

 A氏から昨日の滑落事故の状況について、そして所属されている山岳会についても話をお聞きする。滑落された女性は一人で登ったらしく、滑落場所はF氏が辿った同じルート、山小屋の北側テラスから下りるルートがあり、多くの人が雉打ちに行く時に使っている。本来のルートではなく、先がどうなっているのか確かめたく下りていったらしい。下りていくと赤テープが目に止まりさらに下りるとトラロープが下がっている場所があり、どうやらそこで滑落したようだ。

 新聞にも書いてあったが滑落後にまず知人に連絡し消防による救助を待ったようだ、手と肋骨を痛めたらしいが大事にはいたらなかったらしい。当日に一旦山小屋まで救助されたが、ヘリコプターでの活動がタイムオーバーとなり翌朝の救助となり、山小屋で一晩救助隊員と過ごすことになったらしい後日関係者から聞いた話だと要救助者とレスキュー隊員が一晩過ごした場所は山小屋ではなく、事故現場近くの山中)

 A氏から事故当日に捜索にあった場所をヤマップの地図で見せてもらった。等高線が密接する中に崖地の記号があり、その取り合い部分に動き回った赤いラインが複雑に表現されてある。山中からはその全容を見ることのできない三段チムニーのある岩場「リッペ」の取り合いあたりを捜索されていたようだ。

 この「リッペ」の存在は昔から知っていたが、その全容を見たのは鏡洲川対岸にある七つ山の「山の神」から双石山を見た時である。そのスケールは北壁ほどあり、垂直の岩肌にチムニーに生えている樹木なのか緑のラインが縦に2カ所伸びている。

 A氏は私より年上、若い頃は双石山で岩登りをされていたようだが「リッペ」のことはご存知なかった。現在、A氏の所属する山岳会メンバーの半数がクライミングをするらしく、ホームグランドを比叡山の岩場とし、登山口のすぐ近くに専用の山小屋を持っているらしい。スマホで山小屋の写真を見せてもらうと居間で大勢の仲間たちと寛ぐ写真、話では他にも複数の寝室、台所、浴室、便所などもあるらしい。

 比叡山の岩場には県内外から多くのクライマーが訪れている。A氏も全国にクライマー仲間がおり、比叡山の岩場と山小屋が交流の場所となっているらしい。

 山小屋に着いた時に煙いからと入口の建具を全開にしていた男性も同じ山岳会の方、ここの山小屋みたいに煙の排気ができない場所は初めてだったのかもしれない。良く良く考えてみれば囲炉裏の上には囲炉裏より大きなステンレス製フードがあり屋根の煙突までまっすぐに煙道が伸びている。それなのに囲炉裏で発生する煙がフードから煙突を通して外部に排気されている様子を今まで一度も見たことがない。

 A氏から「山小屋の管理はどこがしているのですか」と聞かれ「使った人が後片付けをしており、年末には双石山探検隊のメンバーが窓ガラスを含めて雑巾掛け、囲炉裏の消炭の処理などしており、昨年末は私も参加しました。そして囲炉裏で使う薪は利用する人たちが機会あるごとに集めそれをカットしベンチ下に保管しています」と答えたが、考えてみれば小屋内に充満する煙への対応はしたことがない。

 現状の排気用のフード、煙道、煙突では元々対応できないものなのか、もしかして煙道、煙突のどこかが詰まり排気できないのか、きちんと確認したことがなかった。枯木を燃やせば煙いのは当たり前と割り切っていたが、近々状況の確認してみなければと思い直す。

 囲炉裏の火を一緒に囲んでいる人がこんな話をされた「双石山周辺を中心にいろんな山に登られると双石山の素晴らしさが良くわかります」話を聞きながら「う〜んなるほどね〜」と思いながら、昔、大学時代の友人からもらったカセットテープのことを思い出した。友人は山形県出身で現在山形市内で設計事務所を主宰している生まれながらの熱心なプロテスタント、そのテープの内容はキリストの教えについてある方が解説されたもので、その話の中で「他と比べる」ことについて色々な例をあげられていた。

 私の登山対象はいつの間にか双石山オンリーとなってしまった。高校生の時から今までに登ったことのある山をあげると、県北の大崩山に5回、比叡山に1回、韓国岳に2回、高千穂峰に2回、尾鈴山に1回、西クンパチ山に1回、そして双石山には2011年11月13日に双石山登山を再開してから今までに419回、高校生の時、20代後半から子供ができるまでに登った回数を合わせるとおおよそ???回となるが、登った山の種類は少ないのかもしれない。

 2013年11月13日に大崩山に金丸君と登ってから、他の山に登ったのは次男と2020年5月29日に登った高千穂峰だけで、ほとんどが双石山で正直他の山に登りたいと思ったことがない。もしかして私は一般的に言われる「登山」には興味がないのかもしれない。ただ単に双石山が好きなだけなのかもしれない。双石山ではかけがえのない様々な出会いがあり、そして日常にも取り入れることを前提に生活している。

 人から「県内で一番お勧めの山はどこですか」と聞かれれば、躊躇せずに「大崩山です」と答える。

 14時00分過ぎまでには他の登山者は山小屋を出発され、1人で30分ほど囲炉裏の火を楽しみながら過ごし下山の準備をはじめる。板の間を見るといつもになく土埃がある。囲炉裏の火の始末を行い、土間にかけ水をしてから竹箒で掃く。ロフトへ上がる梯子の下に前回までは気がつかなかったトラロープが無造作に置いてある。このロープはもしかして滑落事故があった場所にかけられていたものではと想像する。

 14時45分に下山開始、冷たい風が吹き抜ける尾根筋登山道を足早に下りる。途中第二展望台に立ち寄り直ぐに下山、次の休憩は化石谷、そして小谷登山道分岐点、分岐点手前では毎回観察しているキジョランのアサギマダラの幼虫を確認、今日も同じ葉の裏面で徐々に成長している。

 16時00分に小谷登山口に下山、いつものように今日の無事と出会いに感謝し山に一礼する。

小谷登山道分岐点から北方向を見る
(写真)

天狗岩下の柱状砂
(写真)

グエル列柱
(天狗の隠れ家に改名)
(写真)

第二展望台より
(写真)

いつもになく大淀川の川面が目にとまる
(写真)

山小屋出発 囲炉裏の火の後始末は完璧に
(写真)

山小屋北側テラス
今回の滑落事故はここから尾根伝いに下りた場所で発生
双石山 2022年02月20日 滑落事故_c0153595_18124971.jpg

アサギマダラの幼虫
(写真)

下山途中、小谷登山道分岐点から
(写真)

 最後に、今回の滑落事故について気になることがあるので書き留める。私のブログの中でこれまで何回となく「一般ルート以外でトラブった時には多くの人に迷惑をかけることになる」と指摘している。今回の現場も普段、足を踏み入れる登山者がほとんどいない場所、ただ話を聞くとそこには赤テープがあったらしい。

 赤テープは登山道の目印として山では認識されている。ここの赤テープを誰が何の目的で付けたものなのか考えてしまう。個人が又は特定のグループかが次回来た時のために目印とした可能性が高い。今回の場所はそこにアプローチすること自体が難しいので、赤テープについて云々しようとは思わないが、テープを個人的に付ける場合は帰りのルートを確保するためとし下山時には必ず撤去すべきだと思う。

 現在、双石山山中には一般ルート以外にマニアックルートがたくさんあり、特に行者コースから尾根筋に直登するルートを使用する人が増えている。ある意味今回の事故現場も尾根筋と行者コースとをつなぐ場所(ただしクライミング経験とロープなどの道具がなければ上下できない)である。

 一般登山道ですらちょっとした不注意で事故は起きる。そのために現在宮崎自然休養林内には計36カ所のレスキユーポイントが確保されている。もっとも多くの登山者が利用する小谷登山口から九平登山口までの一般ルートには計8カ所が設置してある。事故があった場合にはより迅速に安全に救助していただけるようになっている。

 今回の事故現場はレスキュー隊員の二次遭難を警戒しなければいけない場所で、遭難者を安全な場所まで引き上げるのに時間を要し、途中で自衛隊への救助要請も検討されたと関係者から聞いた。レスキュー隊員も普段からどのような状況でも対応できるように訓練していると思うが、レスキュー隊員を危険に合わせるようなことは避けたい。

 二日間の救助で遭難者が大事に至らなかったことは何よりなことだが、山小屋で一晩過ごすことになりより多くの救助隊員が動員されたことを思うと、山中での事故を0にすることは難しいと思うが、できるだけその影響を最小限にしたいものである。



双石山 2020年10月25日 事故速報 (男性死亡)

□ プロローグ(ひむかヘリテージ機構講習会)
 ・・・・・・・・
□ 早朝
 ・・・・・・・・
□ 小谷登山口
 ・・・・・・・・
□ 植樹祭の準備
 ・・・・・・・・
□ 小谷登山道
 ・・・・・・・・
□ 植樹の種類
 ・・・・・・・・
□ 小谷登山道分岐点
 ・・・・・・・・
□ 新たな休憩ポイント
 ・・・・・・・・
□ 下川さん親子
 ・・・・・・・・
□ 第二展望台へ
 ・・・・・・・・
□ 河野さんイノシシ親子との出会い
 ・・・・・・・・
□ 第二展望台・山小屋へ
 ・・・・・・・・
□ 山小屋にて
 12時30分頃に山小屋に到着し小屋内にリックをおろし、北側テラスに行くとステンレス三段ハシゴ上部で出会った宮大生(ワンダーホーゲル部)が北側斜面に咲いたコウヤボウキの花を撮っている「植物に興味があるの?」と聞くと、どうも彼はピークハンターではなく登山途中のいろんなものに興味を持って登っているらしい「学部は?」と聞くと、農学部の森林緑地環境学科の学生とのこと「それじゃ山中の樹木についても詳しいよね」と聞くと「授業では習ったのですが・・・?」との返事がある。まあコウヤボウキの花が目にとまり写真を撮っているのであれば今後の山中での出会いが楽しみである。

 山小屋に戻ると、すでに囲炉裏内の耐火レンガが整理されていつでも火を起こせる状態となっている「金丸君、川畑さんありがとう」いつも火付けに使っている新聞紙が小屋内を探すが見あたらない。まあ今日集めてきた杉の枯れ枝は十分に乾燥しているので、そのままでも火付けになると判断し、杉の枯れ枝、小枝、少し大きめの枝、そして一番上に金丸君がのこぎりで切ってくれた太めの薪を乗せてライターで杉の枯れ枝に火を付けると一気に日が廻る。

 早々に持参したサツマイモ(紅はるか)を鉄網の上に5本のせ、そして小谷登山口でお会いした金丸氏からいただいた銀杏の実を10個ほど鉄板の上にのせて、その上から弾け防止のため小さめの鉄網をかぶせる。

 今日のランチは金丸君から巻き寿司をいただく、奥さんのまさみさん手作りの巻き寿司で私の分まで準備してくれた。「まさみさん、ありがとうございました。薄味が私の日頃の舌にぴったりでとても美味しかったです」と金丸君、まさみさんへ伝えてください。

 焼き芋ができるのに通常最低でも45分はかかる。川畑氏は、家のメンテナンスなのか奥さんと約束していることがあるらしく、ランチをすませると「今日は早く帰ります」とのこと、川畑氏の下山準備ができた頃に、焼き芋が出来上がり、川畑氏に「どうぞ」と渡すと、受け取りそのまま、また板の間に腰をおろし食べ始める。

 金丸君にも1本、私も1本食べるが、今日の焼き芋は前回と違いしっとり感ではなく、どちらかというとホクホク感の焼き上がり、金丸君の表現を借りれば「ぼけてる」と言うらしい。何が原因なのか、前回の芋は串間のオオツカ、今回は紅はるか、芋の種類の違いなのか、それとも最初にまいている新聞紙の湿らせ具合の差なのか、毎回美味しく焼き芋をいただいているが、焼き上がりの微妙な違いが何によるものなのかまだ理解していない。子供の頃に食べた石焼芋屋さんの焼き芋の焼き具合にはなかなかならない。なんでも突き詰めていくと奥が深くなる。

 そわそわしている川畑氏、そろそろ下山の準備をと始めたのが14時00分過ぎ、いつものようにすでに炭となった残り火を灰の中に埋めてその部分だけに水をかけ火種を完全に消し、その上に灰を重ねる。最後に耐火レンガを2重に乗せて囲炉裏の始末が終わる。その後は、金丸君が板の間に積もった灰を、川畑氏が水をうった土間を竹箒で掃除をする。

□ 事故
 囲炉裏の始末をしながら遠くでサイレンが聞こえている。徐々にその音が大きくなり、どうやら山小屋下の県道あたりでサイレンの音が消える。山中で事故があったのでは、双石山は事故の多い山、毎年数回が発生しており、その都度宮崎県の防災ヘリコプター「あおぞら」が飛んでくる。あおぞら不在の時は自衛隊または鹿児島県の防災ヘリが飛んできている。

 毎回山小屋の掃除が終わり下山する時には、北側テラスから宮崎市街地の眺望を撮るようにしている。今日は14時26分に撮っている。山小屋前の登山道を下り始めた時に、朝お会いした金丸氏から携帯に連絡が入り、何かあったのではと思いすぐにこちらからかけ直すがつながらない。

 山小屋を出て最初のピークを下りて、尾根筋から左側にルートをとり、木の根がらみカ所、そして次のジメジメとしたトラバースカ所を過ぎてアカマツの生えている三叉路を過ぎたあたりで何か声が、小さく、一度だけ、下の方から聞こえる。川畑氏に確かめると何か聞こえたような気がするとのこと、金丸君には聞こえていない。

 そのまま、ルンゼ上部の尾根筋登山道を歩いていると、私より少し先輩になるのか男女二人が登ってくる。どうやら初めて登ってきたようで、第二展望台までのルート(おそらく尾根コース)を下りたくないので、山頂を経由して九平登山口に下りて県道を歩いて小谷登山口駐車場まで行きますとのこと。所用時間を考えると16時30分前には九平登山口に下りることはできそう。まだ山中は暗くなる前で「お気をつけて」と別れるが、このあたりで防災ヘリの音が聞こえだんだんと大きくなってくる。

 ヘリはルンゼから山頂付近の間を行ったり来たりしている。事故現場を探している様子、15時05分頃に第二展望台に到着しテーブルベンチにリックをおろし休憩する。防災ヘリが場所を特定できず尾根の北西側をあちこちと飛び回っている。北西側は急峻な崖地が続く場所、もしこのあたりでの事故であれば救助は大変、ここで携帯に連絡が入る。

 廣重氏からの電話があり「今、岩の上三兄弟の所にいます、今からそちらに消防隊員が登っていきます」とのこと、しばらくすると第二展望台の取付きに消防隊員の姿が見え、一人の隊員が登ってくる。事故現場の特定のため尾根筋登山道を山頂方面に進まれる様子、隊員の方に先ほど聞いた声について話すと「県道から直接登った救助隊員の声かもしれない」との説明がある。

 再度、廣重氏から携帯に連絡が入り「待っています」とのこと、第二展望台を下り、谷コースを選択、金丸君の足取りが重い、毎回のことだが膝が痛そう「上りより下りの方が辛い」とのこと、ゆっくりと慎重に下山し、王家の谷中央近くで廣重氏と小八重氏との話声が聞こえ「お〜い」と声をかけると「お〜い」との返事があり、近づくと二人は腰掛けて休憩している。

 合流した時に金丸氏より携帯に連絡が入る「今、山頂への直登コースへ遭難者捜索のため向かっており、情報によると遭難は2人組で一人は首にロープが絡まっているらしい」と説明がある。師匠こと小八重氏の話だと山頂直登コースには途中ロープカ所があるとのこと、急峻な所に安全確保のためにロープが設置してある場所は山中他にもたくさんあるが、安全確保のための固定ロープが首に絡みつくということはイメージしにくい。

 ただし山頂直登コースは一般ルートではなく、ある意味マニアックルート、ルンゼ遭難碑から九平登山道にかけて双石山北西側の急峻な場所をトラバース気味に歩くルートを「行者コース」と呼んでおり、その行者コースから尾根筋に繋がる急峻なルートがここ近年いくつもできている。

 私も山小屋の次のピーク下へ繋がるルートを矢藤氏の案内で上り、山頂から直登コースを藤本氏の案内で川畑氏と一緒に下りたことがあるが、その時に思ったのは、私が上り下りするルートではないと判断しその後は一度も足を踏み入れていない。一般ルートではないということもあるが、もしも事故を起こした時には、救助の対応が困難な場所である。

 小八重氏、廣重氏、川畑氏、金丸君、そして私の5人で小谷登山口をめざして下山する。小谷登山道分岐点まで下りると、午前中に立てられた植樹のための目印竹が至る所にある。来週土曜日(10月31日)に小谷登山道周辺に植樹が行われる。今年春にも植樹が行われたが、その時は50本(ヤマザクラ・イロハモミジ)、今回は500本が予定されている。いつもの休憩場所となる斜め岩の登山道側には2m間隔で目印の竹が立ててあり、その場所に植える樹木の名前まで表示してある。

□ 事故状況
 今回斜め岩での休憩はなし、小谷登山口に事故の対策本部が作られているらしく、早く下りて事故の状況を知りたい。下りると道路にテーブルを出しその周りに警察、消防(救急隊員含む)など7名ほどがテーブルを囲んでいる。テーブルにはエリアマップの拡大版と時系列を表示したボード、そして金子先生作成の地図が置かれ、隊員が現地捜索隊と携帯電話で話している。

 マジックで時間とともに経過が記入してあるボードを見ると、最初に「13時57分 覚知」となっている。丁度この時間は山小屋で囲炉裏に火を入れて寛いでいた時間帯、この時間以前に事故が発生したことになる。第二展望台から山小屋に向かう途中でも、すれ違った登山者の中に男性二人組はいなかった、また山小屋でも出会っていない。

 ここで隊員から聞いた話では、遭難者は二人、重篤者が一人、他一人の人が救助要請をしてきたらしい。ただし救助要請してきた人は事故を起こした場所ははじめてらしく、重篤者の方が案内をしていた、その場所をしっかりと把握されていないとのこと。遭難者のお一人はO氏、私の山友リストに0氏の名字はあるが、遭難事故現場の状況から判断するとその方とは思えない。

 徐々に伝わってくる内容から、山頂直下のルート(正式なルートではない)ではなく、山小屋から第二展望台方面へ下山する尾根筋登山道の途中で北西側の岩場に下り、持参したロープで下降中に事故が起こったらしい。ということであれば私が三叉路を少し下ったところで聞いた声は救助要請をした人の声だったのかもしれない。

 そこで考えられるのは、持参したロープを使い下降する場所は、普通に考えればルンゼしかない。そのことを救助隊員に伝える。そこで山頂直下へ救助に向かった救助隊へ事故現場の見直しの指示をされる。この時テーブルを囲んでいたのは、救助隊員以外のメンバーは一緒に下りた4人と日向わらじ会の川越氏、地図上でルンゼの位置について説明するが、エリアマップではあまりに概略的すぎて場所の特定ができないが、とにかく救助隊が現場に近づき、声かけ、ホイッスルなどで合図しその反応を確認するしかない。

 尾根筋を第二展望台から山小屋に向かった救助隊員と行者コースをルンゼ遭難碑の方に進んだ隊員、上と下の両方から何らかな合図を送りながら探すしかない。しばらくすると対策本部隊員の携帯に要救助者のおおまかな場所がわかったとの連絡が入る(16時24分)。

 私はてっきりルンゼで確認できたと思い、師匠と廣重氏をルンゼ駐車場まで送るのを兼ねて、ルンゼが見える場所(県道)まで車で移動する。県道よりルンゼ方向を確認するが、時折聞こえるホイッスルの音とかすかに捜索隊員なのか声が聞こえる。北壁、カンテ、などの切り立った岩場は見えるがルンゼは樹木に覆われて県道からは見えない。

 そうこうしているうちに大住さん、蛭川さんの車が九平方向から下りてきて、すでに金丸氏など捜索に協力した山友関係者は小谷登山口に下山しているとのこと、その時に山中で活動していた捜索隊は消防・警察関係の方達のようだ、金丸氏に状況を確認しようと小谷登山口に戻る。

 金丸氏に話を聞くと事故現場はルンゼではなく、もっと山小屋寄りの崖地とのこと、私は知らない場所で、以前は岩場ルートとして使用されていたらしい。そうであれば事故を起こされた方は以前の岩場ルートについて詳しい方ということになる。以前といっても双石山でロープを使い岩登りが行われていたのは、おそらく私が大学進学で宮崎を離れていた時期あたりまで、そう考えると今から40年以上前のことになる。

 50年ほど前に起きたルンゼでの宮崎大学の学生2人の滑落事故の後は、徐々に双石山での岩登りが少なくなり県北の比叡山が岩登りのメッカとなり、現在、比叡山には県外からもたくさんのクライマーが集まっている。来月中旬には山友も比叡山岩場でのデビューをすることになっている。

 対策本部に捜索隊より事故現場確認の連絡が入り、救助のために一度宮崎空港に戻った防災ヘリが再度救助にくることになり、再度、廣重氏とルンゼ登山口上の県道まで車を走らせる。防災ヘリが山腹でホバリングしている。その場所は双石谷の上の方で、遭難碑の上部の右側、先ほど眺めていた左側がルンゼになる。

 防災ヘリの位置からすると、やはり通常は、ほとんどの人が使わないルート、ホバリングしているヘリ、カメラをズームアップすると、窓越しに見ていた4人のヘリ隊員が、そのうちに扉を全開にし身を乗り出して下を確認しているが、一向に救助用ワイヤーを下ろす気配はない。ルンゼであれば、途中にテラス状の場所があったと記憶しているが、今回の遭難現場でのヘリでの吊り上げは難しそう。

 ヘリのすぐ上に双石山の稜線が見え、その右手上の山にかかった半月が見えている。この時すでに17時30分前後、山中はおそらく暗いのでは、8分ほど事故現場上空をホバリングしていたヘリは、今日の救助をやめたのか現場を離れていく。三度小谷登山口の対策本部に戻るとテレビ局が来ている。通常の事故で防災ヘリが飛んで来たくらいではテレビカメラが来ることはないが、はたしてどのような情報が伝わったのだろうか。

 対策本部で確認すると要救助者の一人は救助隊員と共にすでに山小屋に避難しているらしいが、もう一の人重篤者に関しては明日の日の出とともに救助活動を再開するとのこと。現場の状況を詳しく把握することは現時点ではできないが、どうか無事でおられることを祈るばかりである。薄暗くなった対策本部近くには、金丸氏、松崎氏、男性、そして先ほどもいた川越氏達がいらっしゃる。

 (10月26日、早朝の掃除をしているとヘリの音が徐々に近づいて来る。自宅上空を6時30分に通り双石山へ向かって飛んでいく。食事が終わり歯磨きをしている時に居間でテレビを見ていた次男が「ヘリコプターが見える」と教えてくれる。見ると防災ヘリは一旦山を西の方に離れ、そして転回し高度を下げながら再度山に近づいていく、この時7時30分頃、一時間近くヘリは現場で救助活動を行っていたことになる)


小谷登山口に設置された対策本部
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252896.jpg


事故があったと思われる双石山北西側
ルンゼは、写真中央谷の影となっている左側部分
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252871.jpg


遭難者の場所の確認ができ、
一時宮崎空港に戻っていた防災ヘリが再度飛んでくる。
空には半月がかかり、徐々に薄暗くなっていく。
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252830.jpg



事故現場上空をホバリングしながら下の様子をうかがっている
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252801.jpg


ヘリの扉が全開され、レスキュー隊員4名が身を乗り出している。
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252883.jpg


本日の救助は無理と判断したのか、
この後、防災ヘリは現場を離れていく。
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_22252848.jpg


今朝(10月26日)6時30分に、
自宅上空を双石山に向かって飛んでいった防災ヘリが、
7時27分、それまで北壁の向こう(遭難現場上空)で、
ホバリングしていたであろう、防災ヘリが姿を現し、
一旦双石山と反対方向の西に進むが、
方向転回し、再度、高度を下げながら双石山に近づいて行く。
双石山 2020年10月25日  事故速報_c0153595_16552012.jpg

10月25日に起きた双石山北西岸壁での滑落事故について、今日の宮崎日日新聞に出ていた。

【双石山滑落の68才男性死亡】
 ・26日の8時40分に山小屋付近の崖の中腹で意識不明の状態で見つかった。
 ・お名前は藤野□□さん。
 ・救助は鹿児島県の防災ヘリによる。
 ・死因は窒息死、
 ・25日友人と登山中、13時40分ころ崖から滑落する。
 ・2人は通常の登山道とは違うルートで登山していた。

 当日(25日)下山途中に捜索に向かった山友から「どうも滑落した人はロープが首に絡まっているらしい」との話を聞いていたこと、そして当日、現場が特定できたにもかかわらず、夕方になり一旦救助をやめ翌日に再開すると聞いた時、最悪の状況になるのではと思っていたが、大変残念な結果になってしまった。

 亡くなられた藤野氏には心からのご冥福をお祈りします。 

 亡くなられた藤野氏とは一度だけ双石山でお会いしており、私のブログの中で「双石山 2017年6月24日 フジノ氏」というタイトルで紹介している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 大岩下のステンレス梯子取り付きにて下りてきた2人の登山者とすれ違う、登山靴が気になり声をかける、石井スポーツ製の登山靴、私も20代に形は違うが石井スポーツで作ってもらい、今だに愛用している。

 立ち話しとなり、私が高校生の時に一緒に登っていた横山君のことを良く知っている。年に2〜3回登っており、今日は友人2人と、ルンゼにて滑落し亡くなった一年先輩を遭難碑にお参りにきたとのこと。

 この方はフジノ氏、北壁の学院ルートを開いたお一人とのこと。横山君の兄さんと同級生で、横山君にロッククライミングの技術を教えたとのこと。おそらく私も当時(45年前)象の墓場でお会いしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高校生の時に象の墓場に行くと岩登りをされていた人達から「学院ルート」という言葉を聞くことがあった。その場所がどこなのかは、はっきりとわからなかったが、当時から岩登りをしている山友に聞くと「学院ルートは北壁付近でとても難しいルートでした」との説明がある。

 藤野氏は双石山北西側の岩場についてはおそらく十分な経験もあったと思うが、それでも事故は起きてしまう。

 今回の捜索にあたっては、事故現場の特定に時間がかかったように思う。事故状況から早めの救助が今回の悲劇とならなかったとは言えないが、事故現場の特定がもっと早くできたならと思う。
 
 事故をまぬがれ通報をされたもう一人の方が山中の情報について詳しくなく、捜索隊に事故現場をきちんと伝えられなかったらしい。

 当日捜索に加わった山友からの情報では、遭難者2人の車がそれぞれ違う場所に置かれていたらしい。一台はルンゼ登山口、もう一台は犬訓練所近く、この2台の車の止め方、そしてザイルを持参していたことがもっと早く救助隊に伝わっていたら、この二人がどのように行動する予定だったのか、双石山の常連さんたちであれば大方の予想はできたのではと思う。

 これから今回の事故に関して色々なことが明らかになるのではと思う。一つ一つしっかりと検証し今後、二度とこのようなことが起こらないようにしなければいけない


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by mutumi48 | 2022-07-31 11:28 | 双石山 遭難事故 | Trackback | Comments(0)

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