「双石山 2024年1月14日 滑落・救助・そして」より抜粋
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山小屋内で5才の女の子が囲炉裏端のベンチに腰掛けて暖をとっている。女の子の祖父が囲炉裏の火に手をかざす姿をスマホで撮っている時に、北側テラスの方から「・・さん ・・さん・・」という人を呼ぶ声が聞こえる。
私は咄嗟に人が落ちたと思い、小八重氏に「人が落ちた」と伝え二人で外に出てみると、一人の方が北側テラスの西側の斜面を覗き込んでいる。この斜面は急だが途中に樹木がたくさん生えており、その樹間を探すと下の方に人らしき姿が確認できる。
すぐに小屋内のロープを2本取り出して救助の準備、一本の柔らかめなロープを解き小八重氏が近くの樹木(2本)にビレイをとられる。救助は同行されている男性の方が持参されているスリング(輪っか状になっているテープやロープ)をリックから取り出され安全確保され、山小屋のロープ伝い滑落した人の元に降りていかれる。
この男性の方はクライミング経験者のようで、滑落された女性の方も登山経験者で自身で少し登り返されて、斜面途中で二人は合流し無事に上がってみえるが、女性の方は滑落時に頭を打たれたのか「ふらふらする」とすぐにテラスのベンチに腰掛けられる。
山小屋内が暖かいから中で休まれてはと中に入って来られベンチに腰掛けられる。容態は後頭部を打たれたようで他には右肩が回りにくいようだ。しばらく休まれてから4人で下山される。
滑落の原因は、どうも「お花摘み」に行かれたようだ、北側テラスから北東側に伸びる枝尾根先では今までに3人の方が滑落しその内2人が無くなっている。怪我で済んだ方も救助に時間がかかりその日の内に山小屋まで引き上げることができず、2月の寒空の中でレスキュー隊員と山中で一晩過ごし翌朝ヘリで救助されている。
そのため、一昨年4月にSさんが滑落し亡くなった後から「お花摘み」「雉撃ち」の場所となっていた枝尾根に下りないように侵入禁止のロープと注意喚起の案内板が設置されている。残念なことに今回はロープ脇から「お花摘み」に下り、登り返す時に誤って滑落したようだ。
大沢氏そして、金丸氏がみえ一緒に囲炉裏を囲む、大沢氏とは前回もお会いしているが、金丸氏と山小屋でお会いするのは久しぶり、以前は良く囲炉裏を囲んで双石山の岩場や県北の大崩山や比叡山でのロッククライミングの話を聞いていた。
金丸氏は双石山で事故が発生した時には必ずと言っていいほど捜索に参加されており、私も同じ時に居合わせたことが多々あった。先ほどの滑落について説明すると、子供を連れた4人の方達とは山小屋に来る途中で出会ったらしい。
今回の対応方法について考えることがあり金丸氏に聞いてみる。女性が滑落した時、仲間の方と山小屋にいた小八重氏と私がそれなりの対応することで救助できたが、その方の症状を見た時、その時点で消防に連絡をした方が良いのではと思ったということを話した。
その方達は下山されたが、下山途中で後遺症が出る可能性もあると考えると、どのように状況判断すれば良いのかと金丸氏に聞くと「とりあえず消防に連絡をして、消防の方に判断をお願いした方が良い」と指摘される。
実は前回登った1月6日の下山後の深夜に母親から電話があり、妻が電話を受けた時に私の名前をか細い声で数回呼んで電話が切れたらしい。体調が悪くなったと判断しすぐに母親の元に駆けつけたところベットの上で腹痛に苦しんでいた。
「いつも持ち歩いている痛み止めがあるから持ってきて欲しい」とのこと、自宅を出る時に姉にも連絡しておりほぼ同時に実家に着き一緒に薬を探し服用させるが一向に痛みが止まないので4時間おいて4時00分前に2回目の薬を与えたがそれでも痛みがとれず消防に連絡をした。
症状を説明したところ直ぐに救急車に来ていただくことになり、比較的近い総合病院で対応していただくことができた。諸々の処置のおかげで大事にはならずに済んだ。
この時も消防にどの時点で連絡をすれば良いのかとずいぶん悩んだ。昨年の3月6日にも同じようなことがあり、この時は高熱のため私の顔を見て「どちらさんですか」と言われた時に消防にお願いしている。
救急対応として消防に連絡するタイミングを囲炉裏を囲んで皆と話している時(13時12分)にスマホのグループライン「双石山」に山友のオッシーから「三段梯子付近で事故らしいですが大丈夫ですか?」とメッセージが入る。少し遅れて金丸氏のスマホにも同様の連絡が入る。
もしかして、滑落した女性が下山途中でふらついて怪我をされたのではと、金丸氏は事故状況を確認しなければと早々に山小屋を出発される。シスターコーヒーズの二人も早めの下山、そして私も囲炉裏の火の始末をして小八重氏とゆきみさんと三人で下山することになる。
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大岩下のステンレス梯子取付きまで下りると化石広場にオレンジとブルーの制服を着た救急隊員が数名立っているのが樹間に見える。天狗の井戸上のロープカ所を慎重に下りていくと登山道を跨ぐ倒木に救急隊員に付き添われた女性が腰掛けており、やはり山小屋北側テラスで滑落した方で外見上は山小屋の時と変わっていない。
倒木を跨ぐ時に、女性に「大丈夫ですか」と声をかけるとしっかりと返事をされる。下の広い場所に下りると消防隊員から事情を聞かれ渡された紙に、氏名・住所・連絡先を書き留める。
すぐ側には女性の連れの男性が立っており、話では下山途中で嘔吐したため大事をとって消防に連絡したらしい。山小屋を出発してからは随時女性のバイタルをチェックしながら下りたらしく、山の会の代表をされている登山経験者であり職業が医者ということで適切な判断をされながらここまで下りてきたのではと思う。
しかし、どうしても滑落し山小屋で救助した時に消防に連絡するという選択もあったのではと思ってしまう。そう思う要因の一つが山小屋のすぐ近くには尾根沿いのレスキューポイントがあり要救助者をピックアップしやすい。
過去事故があった時に、今回もそうだったがまずは遠くでサイレンの音が聞こえ始め、その音が徐々に大きくなり、その後比較的早い時期にヘリコプターの音が聞こえてくるが、今回はヘリコプターが来ていないので消防隊員にそのことを聞くと宮崎県の防災ヘリではなく熊本県の防災ヘリが来ることになっているらしい。
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小谷登山道分岐点に近づく頃にヘリコプターの音が聞こえてくる。分岐点のベンチに休憩のためリックを降ろしたのが14時50分で「ひばり」のロゴの入った熊本県の防災ヘリが上空に飛んでくる。13時00分過ぎに消防に連絡が入っているので1時間50分以内で飛んできたことになる。
分岐点を出発し、犬岩の急登を下りていると三人の救急隊員が待機している。声をかけ話していると自然林の中から煙がモクモクと湧き上がってくる。そういえば化石谷で消防隊員と話した時に足元に2本の発煙筒が置かれていた。
近くにいた消防隊員が「この臭いは発煙筒のものです」と言われる。これが発煙筒ではなく煙であったら大変なこと、そういえば山小屋で一緒になった大沢氏が「私は車の車検が切れる時に古い発煙筒をとっておき、それをリックに入れている」と言われていたことを思い出す。確かにヘリにピックアップ場所を伝えるのには良い方法だと思う。
15時30分過ぎに小谷登山口に下山、駐車場にはたくさんの消防車、救急車、パトカーが止まっており、登山口前の駐車スペースには対策本部のテーブルが設置され、机上には救助要請から防災へり到着までの救助工程が時間軸で表現されている。
毎回のことだが、双石山の事故があった時には多くの人員が配置される。現地の化石谷に8人、途中の登山道に3人、登山口には警察官を含めて8人ほどが待機している。もちろん防災ヘリには少なくとも4人は乗っている。
登山口駐車場からヘリで要救助者のピックアップが確認できたのが15時34分で、ヘリが現地上空に到着してから44分間で救助したことになる。