双石山 2025年3月23日 クマとの出会い

 
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 8時50分に小谷登山口に到着、今日は意外に車が少ない。登山口前の駐車スペース奥に4〜5人のグループが談笑中、背の高い人はもしかして「クマのプーさん」ではないかと思いながら車を駐車しハッチバックから簡易椅子を取り出し登山靴に履き替える。

 隣に一台の車が止まる、どうやら「くまのプーさん」グループの一人のようで、上から一人の女性が近づき「柴さん、おはようございます」と声をかけられるが、すぐに相手の名前が出てこず「山きちがいの・・・」と問いかけると「そうですY口です」との返事があり、今到着した女性はリカさんだと紹介される。

 やはり一際大きく目立っていたのは「クマのプーさん」のN邨氏だった。二人と初めてお会いしたのは1月19日に山小屋、その時はグループのN友氏が私に声をかけてくれ、その後でN邨氏が山小屋に入ってきて二人でしばらく話すことができ、その時に彼の雰囲気が、大きくて仲間思い「クマのプーさん」のようで私自身の中で勝手に「クマのプーさん」と思った。

 その後、2月1日に加江田渓谷でN邨氏がY口さんと二人で家一郷の山の神神社を参拝された帰りに偶然遊歩道で出会があった。この時は雨模様でY口さんはレインコートを着ていたが、並んで歩いてくるN邨氏はほぼ全身濡れた状態で、この時も「ああまさにクマのプーさん」だと思った。その後Y口さんとは3回、N邨氏とは2回お会いしていると思う、二人の話を聞くと双石山とクンパチ山系をテーマにした「何か」に中学時代の友人達と一緒に取組みたいと熱心に語っていた。

 9時00分に登山スタート、最初の急登を過ぎた所に木材とリックが置いてある。このリックはきっと渡辺氏の物で、木材の荷揚げをされているのではと思い、ガムテープで止められた木材をワンセット担ぎ上っていくと、先方に4セットをロープで束ね肩に担いでいる渡辺氏の姿が見える。途中で追いつきしばし立ち話、山小屋の修理にはまだ多くの資材を運ばなければいけない。

 昨日(土曜日)は大宮高校の山岳部メンバーが荷揚げに協力してくれたらしい。山小屋に到着後に知ることになるが大宮高校山岳部が荷揚げした資材は木材だけでなく屋根の下地材(防水シート)も含まれていた。

 ちなみにこの防水シートはメーカーや製品によって多少違うがロール1巻きで17〜22kgの重さがある。確か4〜5本板間に置いてあった。山岳部恒例の歩荷訓練の一つかとも思うが、リックとは違い長さが1m直径が20cmほどのもの担ぎ上げるのは大変だったのでは、メンバーの皆さんご苦労様です。

 カエル岩手前の平地でヘルメットおじさんに出会いしばし談笑、リックではなくウエストポーチを付けられている。「今日はどちらまで」と尋ねると「山小屋までです、杉の枯葉を置いおきました」とのこと、いつもいつもありがとうございます。

 9時26分に小谷登山道分岐点に到着、いつものようにここから見える風景をスマホで撮り母親とグループライン双石山に送付する。今日天気は快晴だが県央の稜線は霞んで見えず黄砂のせいなのかもしれない。

 イワヤ神社にて本日の無事なる登山を祈願し、天狗岩をめざして登山道に戻った時、登山道前方に小動物の姿がありお互いに見つめ合うことになる。最初はウリ坊(猪の子供)かと思い、近くに親猪がいるのではと思い警戒するが、鼻筋と目元が猪ではなく穴熊だと気づきカメラバックに手をかけてカメラを取り出そうとした時、穴熊は振り返り短く太い尻尾を見せて登山道から下の斜面に降りていった。

 山中に穴熊が生息していることは、以前象の墓場で穴熊の頭蓋骨らしきものを見たことがあり、また常連達からの目撃談も聞いていたが、面と向かったのは初めての経験となった。今日2回目のクマさんとの出会いになった。

 二人の女性が登ってみえ挨拶を交わし二人はイワヤ神社を参られる。木材を担いでの登山も天狗岩の取付きまでとし、これからの急登は両手両足を使い安全を前提に登ることにする。

 9時50分に岩上四兄弟の定位置岩に腰掛けてしばらく休憩、丁度風が止まり気持ちが良い、空池の方から先ほどの女性達なのか話し声が聞こえてくる。その声が徐々に大きくなり二人が姿を現し「象の墓場へはどのように行けば良いのですか」と尋ねられる。「エリアマップで紹介してある象の墓場へのアプローチは現在通行止めになっているが昔からのルートは自己責任でいけますよと答える。

 二人からぜひ行ってみたいとのことで、そのルートを紹介し「途中の核心部で岩場をロープを使い直登しなければいけない難所があるので、その取付きまで行ってから登れるかどうかの判断をして、決して無理はしないように」とアドバイスする。その後山小屋で二人と再会した時に「無理だと思いやめました」と話をされる。

 尾根コースを選択し、まずはステンレス梯子を上る、毎回のことだが探検隊メンバーから聞いた師匠の教えが蘇る。それは梯子は水平部材のみを使って登るということで、ついつい両サイドの縦方向部材を手にすることがあったが、その話を聞いてからなるほどと思いそのように上り下りとも利用している。

 大岩取付きで小休止、次はカズオチェアー、そして10時15分に第二展望台に到着する。展望台には小谷駐車場で出会った「チームぼろいし」のメンバーが休憩中で「くまのプーさん」がテーブルベンチで仲間と二人談笑中、私もリックを降ろしベンチに腰掛ける。

 「くまのプーさん」としばし談笑、彼の母親が鏡洲川対岸の山肌にある畑で経験したという話を聞く、それは随分前に起こった比較的大きな地震の時のことで、双石山から岩が落ちる音が対岸の山まで聞こえてきたらしい。他のメンバーは山小屋をめざして出発するがしばらく二人で談笑した後で一緒に山小屋をめざして尾根筋登山道を進む。

 11時00分前に山小屋に到着、登山道脇には「クマのプーさん」の仲間達が休憩中で合流し、その後山頂をめざして皆さんと進まれる。山小屋に入ると登山道側ベンチにはたくさんの角材が置いてあり少し座りずらい状況となっている。板間奥にはロール状防水シートが5本ほど置かれている。抱えてみるが重い大宮高校山岳部の皆さん本当にご苦労様でした。

 早々に囲炉裏に火を入れる準備を行う、まずはスコップでバケツ一杯分の灰を掘り上げて、そこにヘルメットおじさんが置いていってくれた杉の枯葉を敷く、そういえば山小屋外に置いてあった杉の枯葉の束には数輪のヤブツバキの花が添えられていた。ヘルメットおじさんの人柄を感じる。

 その後でいつもの場所に小枝を拾いに行くと、そこで山頂をめざしていたM山氏に出会い、私の分も買ってきたという地元南郷町のパン屋さんのメロンバンをいただく。このパン屋さんは以前は学校給食を作られていたらしい。「M山さんとても美味しかったです」ありがとうございます。

 山小屋に戻り囲炉裏に小枝と薪を並べていると象の墓場へのアプローチを教えた女性二人がみえる。話を聞くと私が「無理だと思ったら諦めて引き返しなさい」と伝えた場所まで行き、その現場状況を見てすぐに引き返したらしい。この二人しばらく北側ベンチで休憩し山頂をめざして出発する。

 シスターコーヒーさんがみえ定位置となった奥のベンチで何やらリックからゴソゴソと出される。以前私が話をしていた飫肥で作られている「おきよせんべい」を取り出しキャラメル味と合わせて二種類をいただく。

 おきよせんべいは2枚のサクサクのカワでハチミツを包んだシンプルなお菓子で、子供からお年寄りまで誰にでも美味しくいただける。1892年に創業者である小玉キヨさんが飫肥で店を開いたのがはじまりだそうだ。いつものコーヒーと合わせてとても美味しくいただき、ありがとうございます。

 I井氏が背負子にリックを載せて現れ「柴さんこの背負子を薪拾いに使いませんか」と言われるが丁重にお断りする。背負子は一つ持っており、大学生の時に地中海沿岸の白い集落を巡る旅に出かけることになり、その時に購入したものが今でも事務所の打合せ室に何気に置いてある。I井氏も奥のベンチに腰掛けて休憩される。

 男女二人がみえ板間に上り休憩される。男性はK原氏で女性はA藤さんといい、後で聞くことになるがA藤さんはサーファーらしい。M本氏が山頂往復し戻ってこられるが、腰掛ける間も無く早々に下山される。
 
 「くまのプーさん」のグループが山頂往復し戻ってきて登山道脇のテーブルベンチでランチの準備をしているので、焼き上がったヤキイモを二つ持っていく。このグループとは今後何かと縁がありそうなので一人一人の名前を聞くことにする。

 皆さんほとんどが昭和49年度生まれで清武中学校卒業生で「チームぼろいし」メンバー、派手なTシャツのM原氏、Tい田んぼのT田さん、Yの下でY下さん、K田氏(Tシャツ製作者)、山きちがいのY口さん、まことくんことN邨氏、そして清武中学校の4つ先輩カブトムシのA山氏の7名グループ、これからもよろしくお願いします。

 山頂往復してきたY山氏がみえしばらく一緒に囲炉裏の火を囲む。Y山氏は以前西高校の山岳部の顧問をしたのが山登りのきっかけになりその後いろんな山に登られている。今春から宮崎市内の別な高校に転勤が決まったらしいが、移動の多いこの時期の引越しがなかなか大変らしい。

 男女二人が山小屋に来られて「柴さんですが、先ほどお会いした男性から山小屋に柴さんがいるから、もしかしてヤキイモをいただけるかもしれない」と言われらしい。この二人は宮崎市内のT中さん夫妻で、知り合いから双石山は30分くらいで登れると聞き初めてきたらしく今回で3回目の登山になるらしい「また双石山にこられますよね」とヤキイモを食べていただく。

 I井氏に前回(3月20日)に山小屋にお孫さんと一緒に来られたA藤氏がみえたことをお伝えする。I井さんは今回膝の負担が少しでも少ないのではと思い尾根コースを登ってきたらしいが、膝を上げなければいけない場所ばかりで余計にきつかったらしい。

 途中で、Y口さんからチームぼろいしグループがヤキイモのお礼を言いたいといわれ入口外に皆さんで並ぼうとしていたので、思わず「ちょっと待って、誰かスマホで撮って」とお願いするとk原氏が対応してくれ、登山道側で山小屋をバックにメンバーと一緒に写真を撮っていただく。

 I井氏から山小屋創建のことや半世紀以前の双石山登山の賑わいについて話を聞き、I井氏が下山された後で山友の吉田氏がみえ一緒に囲炉裏の火を囲むことになる。

 そこに久しぶりにお会いするO田氏がみえ一緒に囲炉裏の火を囲む。O田氏は清武町にお住まいで昭和22年生まれで私の7つ先輩になる。前回お会いしたのは2021年11月に山小屋で、その時それ以前にお会いした時との印象が違ったので、それとなく聞いたところ北岳で体調を悪くされており、それからもしばらく登られていなかったらしい。

 O田氏から以前北岳登山途中で体調を壊した時の話を聞いていると、S田君が入ってきたので「魚持ってきた」と聞くと「いや持ってきていませんサツマイモを持ってきたのでヤキイモして良いですか」と鉄網の上にビニル袋に入った2個のサツマイモを並べる。前回持ってきた鯵(生魚)は美味しくなかったらしい。

 S田君は今月高校を卒業しており夏には格闘家をめざして上京するために現在スーパーで品出しのアルバイトをしているらしい。シスターコーヒーさんから「目に力がある」と褒められると照れくさそう。焼き上がったヤキイモを美味しそうに頬張るので「スーパーで買ったの」と聞くと、自宅近くに即売所があり一袋で100円で買ってきたらしい。

 今日も山小屋ではたくさんの人との出会いがあり楽しい時間を過ごすことになった、15時09分過ぎに囲炉裏の火を完璧に始末し下山スタートする。途中の休憩場所は第二展望台取付き(15時30分)、岩の上四兄弟鳥付き、小谷登山道分岐点、そして16時40分に小谷登山口に無事に下山する。

 本日の無事なる山行と新たな出会いに感謝し山に一礼する。

小谷登山口駐車場
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「チーム ぼろいし」のメンバー
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小谷登山道分岐点から
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イワヤ神社境内のヤマザクラ
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囲炉裏 今から火を入れます
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焚き付けの杉の枯葉は佐藤氏が準備してくれる
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モクレイシ開花
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「チームぼろいし」のメンバーと一緒に
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囲炉裏の火を始末
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下山前に北側テラスから
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第二展望台取付き小休止時にアセビ開花を撮る
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by mutumi48 | 2025-03-26 11:32 | 双石山へ | Trackback | Comments(0)

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