8時56分に自宅を出発し、途中マックスバリューにて飲み物と明後日から始まる囲炉裏塾に持っていくお米を購入する。その後、大学正門前を経由して9時17分に小谷登山口に到着、登山口前の西側スペースに縦列に駐車する。準備をしていると小八重氏が到着し私の車の横に駐車される。
9時30分に小谷登山口を小八重氏と二人で出発し、15分ほどで小谷登山道分岐点に到着する。毎回のことだが、ここから見える風景をスマホで撮りラインで母親とグルーブ双石山にアップする。グループラインに9時10分に山友の「山の上一番」氏が、私とほぼ同じアングルで写真をアップしており「山の上牧水」と改名し短歌も合わせてアップされている。
「山の上牧水」氏は30分ほど早めに行動されているので、おそらく山小屋あたりでお会いできのではと楽しみにする。しばしの小休止後にハットをヘルメットに被り直してイワヤ神社をめざして登山道を進む。
イワヤ神社で本日の無事なる山行を祈願する。ここで小八重氏は神社の柱下の束石の補修をはじめられる。建物全体を見ると柱の半数ほどは束石との間に隙間が有り、そこに小石が挟み込んである。小八重氏はその事が以前から気になっていたようで今日はバールと金槌を持参されている。
小八重氏に「何か手伝いましょうか」と声をかけると「一人で大丈夫ですから先に登ってください」と言われる。しばらくどのように補修をされるのかを確認し「それじゃお先に登り山小屋で待っています」と声をかけて天狗岩をめざして一人で登ることにする。
天狗岩横の急登や空池の滑り易い岩肌を慎重に進み、次の休憩場所としている岩の上四兄弟の定位置に到着する。しばしの静寂を楽しんでいると、早朝登山の男性が下山してくる、挨拶を交わし先に進む。
大岩下のステンレス梯子取付き近くに来た時に谷方向から落石の音が聞こえ、その音の方に目をやると男女二人の姿が確認できる。その場所は登山道から大きく離れており、どうやら道に迷ったと気づき下りて来たところで「そちらは登山道では有りませんよ」と声をかけると、男性が「危ないところでした」と返事がある。
その場所は、王家の谷の化石広場を谷筋にそのまま上り右側の谷に入るルートで、そのまま進むと急峻な崖となっている。おそらくはじめて双石山に来たのかもしれない。2人は一旦、化石広場をめざして下っている。
昨年より、化石広場を谷筋に直登する登山者を目にする事が多くなった。本来は化石広場を横切って行くルートになっているが化石広場のほぼ中央に大きな岩があり、横切るルートが見えにくくなっているのが道迷いを起こしている原因かもしれない。
尾根コースを選択し、まずはステンレス梯子を上り、その後はロープと木の根を頼りに数カ所の急登を登る。途中小さな子供連れの親子4人、そして男女2人を追い越して尾根筋登山道をめざしてのぼる。
10時37分に第二展望台に到着、早々にリックをテーブルベンチに降ろしここから見える宮崎平野をパチリと撮る。視界がよく尾鈴山から大森岳までの県央の稜線がくっきりと望め、尾根の向こうには市房山と石堂山が頭を見せている。第二展望台では私のスマホは圏外となり写真をラインにアップすることができない。
尾根コースの途中で追い越した家族が登ってみえる。夫婦に年長さんの男の子と小学校低学年と思われる女の子の4人家族で体格の良いお父さんが何かと子供たちの世話をされている。自撮りで写真を撮ろうと話されていたので「よろしければ撮りますよ」と伝えスマホを預かりパチリ、ただし逆光気味のせいか家族の顔が少し暗くなる。
「山頂まで行かれますか」と聞くと「行きます」との返事で、「それじゃ後で山小屋でお会いします」と伝えて先に第二展望台を出発する。第二展望台から山小屋までは25分ほど、途中カルタの題材となりそうな場所をパチリパチリと撮りながら進む。加江田渓谷への分岐点(三叉路)を過ぎた所で山友の藤本氏に出会いしばし立ち話する。
11時20分前に山小屋に到着、小屋の中では尾根コースで追い抜いた男女二人が休憩中、板間にリックを降ろし「今から囲炉裏に火を入れますけど良いですか?」とことわり、早々に火を入れる準備をする。いつものようにバケツ一杯分の灰をスコップで掘り起こし、登山道途中で拾ってきた杉の枯葉を火付にすると直ぐに囲炉裏に火が回る。
前回までは登山道周辺で火付となる杉の枯葉がほとんど落ちていなかったが、今日は数カ所で拾うことができた。丁度、杉の葉が落ちる時期になったのかもしれない。
二人は宮崎市内の方で、男性は以前双石山に登ったことがあるようで、女性ははじめてらしい。お二人とも直火を見るのが久しぶりのようで、このような場所での囲炉裏の火に興味津々の様子で、あれやこれやと談笑する。
二人が山頂をめざして出発した後で、第二でお会いした親子4人がみえしばらく一緒に囲炉裏の火を囲む。これからの予定を聞くと第二展望台までの急登ルートを避けたいようで、山頂に行き、そのまま九平登山口に下山し県道を歩いて小谷登山口に戻ろうかと考えてるとのこと、家族が出発しようとした時に「まださつまいもが焼けていないのでもし山頂を往復して戻って来られるのであれば焼き芋を確保しておきますよ」と伝えと「焼き芋大好きなので、また戻ってくることにします」と返事されて出発する。
山友のシスターコーヒーさんがみえる、毎度のことだが早々に美味しいコーヒーをいただく。シスターコーヒーさんはイワヤ神社で小八重氏に出会い「第二展望台往復になるかもしれない」と聞いたらしいが、しばらくすると小八重氏が姿を見せ、その後三人で下山するまで一緒に行動する。
一人の女性がみえ、早々に登山靴を脱ぎ板間にてガスを使いランチの準備をされる。そのスタイルから山慣れしている。お名前を聞くとY崎さんといい、福岡県出身で転勤の関係で宮崎市内に住んでいるらしい。山だけでなく旅が好きで世界各地を一人旅されているらしい。
話では中米、中近東や現在世情不安で渡航禁止となっている場所なども過去に旅されている。旅で知り合った男性と一緒になり現在も夫婦でもいろんな国に行かれているらしい。
英会話が堪能かと思いきや「ほとんど喋れません」とのこと、そのこともあり1人の時は英語圏以外の国を旅していると英会話の必要性を感じないらしい。話ぶりからコミニケーション能力が高そうな方である。
山友の大澤氏がみえ一緒に囲炉裏の火を囲み談笑する。大澤氏は小八重氏の職場での後輩、大澤氏も小八重氏同様に双石山山中をお一人であちらこちらと探索されている。2人から、それぞれがつい先日見つけたというヤッコソウの写真を見せていただく。
山頂往復してきた親子4人が山小屋に戻ってきてランチの準備をされる。焼き上がったさつまいもを渡し食べていただく。いつものことだが、はじめて食べていただく方には必ず「皮ごと食べてください、皮に栄養があり、食べた時の胸焼けが少なくて済みます」と伝えるようにしている。
4人家族のご主人は、旧南郷村の神門出身とのことで、お世話になった田舎屋のことをご存知であったが、百済の里づくりに貢献された田原正人村長のことは認識がなかった。子供の年齢からご主人は私の長男と同じ年頃で、田原村長のことを知らないということに時代が過ぎ去っているという事をを感じてしまった。
もう一つ感じたことは、旧南郷村が地域おこしとして「百済の里づくり」をめざして理由である。当時村長さんが話をされていたことは、南郷村出身の人が村外に何かの用事で出かけた時、自己紹介の場で「日向の方から来ました」と答えており、もう少しつっこまれて聞かれた時には「日向の奥の方から来ました」と答え「南郷村から来ました」という言葉が出なかった事を嘆いており、自分の村に誇りを持たせたいという思いで村おこしに取り組んだと言われていたことを思い出し、男性の口からすんなりと「南郷」と「神門」という言葉が出た事が、百済の里づくりに長年携わった私には嬉しかった。
男女二人が入ってみえ一緒に囲炉裏の火を囲む、この方達は宮崎市内の方で、話を聞くと今朝早くゴルフの打ち放し場に行き、その後ジムで汗を流した後に思い立ち双石山に登ることになったらしい。リックにはジムで大半は飲み干したいというペットボトルが入っている。二人にも焼き芋を食べていただく。
14時30分に囲炉裏の火を始末して下山を開始する。大澤氏は山頂を経由して九平登山口に下りるらしい。三人で登山道を進んでいると親子5人組とすれ違う。先頭の少年は手に寝袋を持っており父親らしき人は大きなリックを担いでいるので「山小屋にお泊まりですか」と声をかけると「そうです」との返事がある。
「先ほど囲炉裏の火を落としましたので、レンガを囲炉裏から取り出した後、灰下には火種の炭がたくさん残っているから、くれぐれも気を付けて火傷をしないようにしてください」と声をかける。
第二展望台の取付きで岩に腰掛けて小休止、ここでヘルメットを再度着用して谷コースのがれ場を下りる。途中男女二人に追いつき先行する。岩の上四兄弟取付きで小休止後はイワヤ神社に立ち寄り、小八重氏が取り組んだ束石と柱との補修を見せていただく。間に挟めてあった小石がなくなりスッキノとしている。これが今年85才の方のできることなのかと感心してしまう。
小谷登山道分岐点のベンチにリックを降ろし休憩、しばし三人で談笑する。化石広場近くで見かけた男女二人が下りて来ないのが気になるが、道迷いするカ所はないのではと思い小谷登山口をめざしてスタートする。風もなく午後の陽が暖かく気持ちが良い。
その後で小八重氏がみえる。三人で談笑していると一人先ほどお会いした親子4人家族が到着し囲炉裏の火を一緒に囲む。
16時00分に小谷登山口に下山する。本日の無事なる山行と新たな出会いに感謝し山に一礼する。
早朝 自宅居間から双石山を撮る